第49話 未知の収集者

 七人の魔人はそれぞれ、今のこの現実に根付いた7つの深異界それぞれを司っている。彼らみな、もともとは人間であったが、深異界を踏破したことによって人間でありながら人間以上の存在、深異界を維持する一種の『異界因』へとなり果ててしまった存在だ。


 誘命、『死神』の場合はその異名通り『死』への恐怖から生まれた深異界を司り、『眠り姫』と呼ばれる魔人は人々が抱く夢への感情から生じた深異界に住まうとされている。


 そして、『教授』が司るのは未知への恐れから生じた深異界『無明領域』。そこを踏破した教授はありあらゆる秘匿を破り、遍くすべての未明を明かすこと、つまり、すべての未知の探究をその存在意義としている。

 妖怪たちへの残酷な実験もその一環。怪異に機械を埋め込むことによって生じるあらゆる結果を観測するために、教授は実験を行っていた。


 オレたちはその教授の実験対象に選ばれた。絶体絶命とはまさにこのことだ。


「――さて、ここまでは既知の展開だ」


 教授はゆっくりと保管室を横切り、こちらに近づいてくる。顔が見えないというのに、オレには教授がほほ笑んでいるのが分かった。

 オレ達という新たな探求材料を得たことを喜んでいるのだろう。このままじゃ細胞レベルで解剖されて標本として保管されるか、実験体として新しい『何か』に改造されるかだ。


「戦うか、逃げるか、諦めるか。あるいは、ほかの対処か。なんにせよ、未知なる行動を期待するよ。なにせ、今回は変わり種が二つもある」


 教授は保管室の中ほどで立ち止まる。言葉通りこちらの出方を伺っているのだろう。

 

 この余裕がオレたちがBADENDを避けられる唯一の希望だ。

 教授はこの異界を完全に掌握している。こちらを生かすも殺すも『教授』の胸先三寸。彼がオレたちの行動を観察従っているうちにどうにか出口にたどり着かねばならない。


「凛、オレが合図したら盈瑠と一緒に走れ、異能も使っていい。オレも続く」


「う、うん。でも、蘆屋君、あの人、何の可能性も見えない……これじゃ、先生と……」


「ああ、分かってる」


 目の前の『教授』は七人の魔人の一人、あの『死神』誘命と同格の存在だ。この場にいるのは本体ではなく分体のはずだが、それでも今の輪では1憶分の1の可能性さえ見いだせないほどの力の差がある。


「『運命視』の魔眼。出現したのは1071年ぶりか。しかも、その隣には『転生者』。それ自体希少ではないが、面白い組み合わせだ。相互実験が捗る」


 当然だが、こちらの異能や秘密も一目で看破されている。

 しかし、転生者、別に珍しくないのか……先生も似たようなことを言っていたが、残念なような、安心するような複雑な気分だ。

 原作がブレイクしているのもオレのせいじゃなくてそいつらが好き勝手やったせいなのではないだろうか? つまり、オレは無罪。


 よし、おかげで心が軽くなった。教授を前にしてもいつも通りに動ける。


「ほう? 面白い思考パターンだ。状況を正確に評価したうえで、感情に余分が残っているとは――」


「――いまだ!」


 叫ぶと同時に、式神を呼び出す。現われたのは『七尋童女ななひろどうじょ』。

 彼女はその巨体で通路を塞ぐと、天井に拳を叩き込む。瓦礫が崩れて、通路を埋めた。


 続いて隣の部屋へと続く壁も七尋女房に壊させる。同時に、七尋女房を送還し、檻の側の端末を操作。保管室全体のシステムにアクセスし、すべての檻を解放した。


 掴まっていた妖怪たちには悪いが、囮に使わせてもらう。稼げても数秒だろうがその数秒が運命を分けるかもしれない。


 今のところ『教授』からの妨害はない。オレの策が功を奏したのか、あるいは逃げ回るオレたちを観察しているのか。おそらくは後者だろうが、今は走るしかない。


「凛! 出口が見えるか!」


「うん! こっちに光が見える! ついてきて!」


 凜の後に続いて、通路を右に曲がる。第二実験室と書かれた部屋に入った。

 

 そこは第一実験室と同じ間取りをしているが、内部の様子はまるで違っていた。

 壁際に並ぶのは緑色の液体で満たされた培養層。内部で様々なシルエットをした怪物たちが目覚めの時を待っている。


 おそらくここで行われているのは、バイオ工学による新たな怪異の創造だ。複数の怪異を掛け合わせているのか、あるいは細胞そのものが全く新しい新種なのかはわからないが、本来実体のない怪異を科学的事象として扱えるのは『教授』の力ありきのことだ。


「この先! この部屋の先に、たぶん出口がある! 盈瑠ちゃん、頑張って!」


「わ、わかってます! だ、だから、て、手ぇ離して……!」


「だめ! 僕、蘆屋君に頼まれてるから!」


 盈瑠は凛に手を引かれたまま走りっぱなしだ。盈瑠の身体能力じゃいくら強化していてもしんどいものはしんどいだろうが、今は我慢してもらうしかない。


「ここを抜ければ――っ!?」


 第二実験室を抜ける。それと同時にオレたちの目の前に立ちはだかるものがあった。


 全長3メートルほどの巨体は、一見すると数秘学者カバリストが扱う土人形、ゴーレムのようにも見える。

 しかし、合金製のゴーレムなんて原作にも登場しないし、この世界に来てからも聞いたことがない。それに低いエンジン音と背中から突き出した排気管、こちらを見つめる単眼のカメラからは、まったく別の印象を受ける。


 ロボットだ。SF作品に登場するようなロボットが通路を塞いでいた。


「凛、出口は……」


「うん、あいつの後ろ。どうにかしないと……」


「…………わかってる。好きに動け。援護する。盈瑠も戦えるな?」


「あ、当たり前や。で、でも、あの機械のバケモン、めちゃくちゃ強ない……?」


 盈瑠の推察は正しい。このゴーレムもどきは尋常な相手じゃない。内に秘めている魔力量は夥しいほどだ。出力だけでもオレの3倍か、いや5倍はある。おそらく最上級の魔力炉心が詰まれているのだろう。

 装甲に付与されている防護結界も魔力に比例して非常に強固。並の呪いや魔術では弾かれてしまう。


 怪異の等級としてはB級、つまり、上から三番目の位階『禁域』に匹敵する。オレとアオイが苦労して撃破したイフリートと同じクラスの脅威だ。

 それだけの怪異を短時間でどうにかしないといけない。


「とにかく、やるぞ。こいつを突破できなきゃ終わりだ」


「うん! じゃあ、僕から――!」


 凛が突っ込む。彼女の運命視の魔眼はどんな強敵が相手でも可能性を見出す、いわば格上殺しの魔眼だ。教授には通用しなくてもこいつ相手なら突破口を開ける。


 ロボットが反応する。迫ってくる凛に対して右の拳を振り上げた。


「ふっ!」


 床を粉砕する一撃をかわして、凛はロボットの懐に入り込む。

 狙いは装甲に覆われていない左肩の関節。体重を乗せた鋭い突きが放たれ、ロボットの左肩ががくりと落ちた。


 凛は剣を振りぬき、そのまま左腕を切り落とそうとするが――、


「しまっ!?」


 刃が動かない。切断された左肩の関節部が瞬時に復元し、凜の剣をからめとっていた。

 運命視の魔眼はその瞬間の可能性を実現するが、その後に起きる事象まで見ることができない。その弱点を突かれていた。


 ロボットが再び右腕を振り上げる。無防備な凛をつぶす気だ。そうはさせない。


「『七尋童女』! 『戦場千年樹いくさばせんねんじゅ』!」


 瞬時に式神を呼び出し、ロボットを背後から抑え込む。しかし、すごい馬力だ。うちの式神の中でも比較的パワーのある式神二体でもどうにか抑え込むのが精いっぱいだ。


「盈瑠! 手伝え!」


「わかっとる!  きぃや! 『シキオウジ』!」


 盈瑠が呼び出したのは無数の人形から形成される巨大な式神『シキオウジ』。

 『シキオウジ』はロボットに体当たりをすると、そのまま七尋女房と共にロボットを壁際に抑え込んだ。


 さすがは本家がオレには渡さなかった式神。性能も由緒もオレの扱うものとは段違いだ。


 盈瑠のおかげもあって出口までの道が開ける。空間の歪み、オレと凜が引き込まれたものと同じものだ。

 飛び込んだ先にあるのがあの児童公園とは限らないが、少なくともここじゃないどこかならそれでいい。


「走れ!」


 凜を先頭に空間の歪みに走る。しかし、一瞬、盈瑠の足が止まった。


「盈瑠! 行くぞ!」


「わ、わかっとる! すぐに追いつく――っ!?」


 見れば、式王子がロボットに焼かれている。装甲が発熱したのだろう。物理一辺倒な見た目をしておいて、小技も使ってきやがる。


 盈瑠の足が止まったのは式神からのフィードバック、その激痛のせいだ。オレは基本的に切っているが、術者の中には細かな指示を出すために深いパスを繋いでいるものもいる。今回はそれが裏目に出たのだ。


 一瞬、思考が淀む。凜はすでに出口に飛び込んでいる。オレもあと一歩でここから出られるが――、


「――掴まれ!」


「兄様!?」


 そう考えた時には、引き返して盈瑠を抱え上げ、出口に向かって投げていた。

 時間にして一秒ほどの浪費ロスト。先ほどまではっきり見えていた出口の存在は揺らぎつつある。


 それでも、飛び込む。天地がひっくり返ったかと思うと、オレは固い地面の上に放り出されていた。


 視線を上げると、そこにあるのは夕焼け色の風景。あの児童公園だ。


 よかった。戻ってこれた。そう考えた瞬間、オレは何かに後ろから引っ張られた。


 あのロボットだ。転移門越しに鞭のように伸びた右手がオレの体を掴んでいた。

 これを振りほどく力はない。引き戻される――!


!」


 剣閃が奔る。ロボットの右手が切断され、同時に出口が閉じた。

 どうにか助かった。


「まったく。私が目を離すとすぐこれです! いい加減にしないと本当に籠に入れますよ!」


 怒りながらもロボットの指を切り落として、手を差し伸べてくるオレの救い主。その手を借りてオレは立ち上がる。

 

「ありがとう、アオイ。おかげで助かった」


「当然です」


 オレを救ったのは、アオイだった。彼女の手のぬくもりに生きていることを実感する。

 どうやらオレはあの教授の研究室から生きて脱出できたらしい。


 だが、安心するのはまだ早い。出られたということは追ってこられるということ。まだBADENDフラグは折れちゃいない。

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