黄昏時から帰る

泡沫 知希(うたかた ともき)

おかえりなさい

リーンリーン

バッと後ろを振り返ったが、誰もいない。黄昏時の神社を照らす姿は美しいが、畏敬の念を抱いてしまう。急いで帰ろうと正面を向くと足を止めた。

「えっ?」

街の景色がみえるはずなのだが、石畳の道が続いていた。周りを見渡すとあったはずの神社も消えている。慌ててスマホを取り出した。位置情報を確認したかったのだが、電波が圏外になっている。文字化けしてしまって時間も分からない。スマホを片手に持ったまま

「どうしよう…」

ため息混じりの言葉が零れる。

「どうかしましたか?お嬢様」

顔を上げると目の前には、神職のような格好をした男性がいた。手を差し出して

「お困りのようですね。こちらで休んでいって下さい」

「あのっ、えっと」

「話は後で伺いますし、もう夜になりますから早く」

恐る恐る手を重ねた。男性は優しく握り、石畳の道を歩き始めた。私は大人しく従って男性の後ろを歩く。その背中は広く、惹き込まれるような感覚があった。ボーッと見つめていると

「どうかしましたか?」

「いっ、いえ。何でもないです」

「坂を登るので辛かったら仰って下さいね」

首を振り返事をした。男性はふふっと笑みを浮かべた。その顔を私は見たことあるなと思った。坂を登り、夜空が見えてくるころ

「着きましたよ。古い家ですが」

「そんなこと無いですよ」

「それは良かったです」

男性の家はいわゆる日本家屋で、歴史を感じる大きな家だった。引戸から家に上がり、中に入ると畳の匂いがしてくる。男性は私を居間に案内してくれた。お茶と和菓子を出された。私は男性が準備してる間に冷静になって

「今日はありがとうございます」

深々と頭を下げた。男性は

「大丈夫ですよ。…なぜあの場所にいたのですか?」

声のトーンを下げて、私を睨むように見てきた。私は恐怖で固まり、背中から汗が止まらない。部屋は重たい雰囲気に包まれた。私は事情を説明しなきゃと思い、手を伸ばしてお茶を飲み干す。深呼吸をして口を開く前に

「…やっと飲みましたね」

私は男性の言葉に首を傾けた途端、眠気が襲ってきた。視界が歪んできて、ここに居ては危ないと警告音が鳴り響く。逃げようと足に力を入れたが、立ち上がれなかった。畳に倒れそうになると、抱きしめられた。

「もう貴方は逃げられませんよ。私とここで暮らすのですから」

耳元で優しく囁かれる。私は抵抗しようとするが、力が抜けているので何も出来ない。攻めてもの抵抗で

「いっ、嫌だ!」

大きな声で拒絶するが、私の頭を撫でながら

「あぁ、嘆かわしい。現世の穢れでまだ思い出せないのですね。大丈夫ですよ。私に身を委ねてください」

私と目を合わせて、何か分からない言語を唱えた。私は重たい瞼に耐えきれずに暗闇に誘われた。最後に聴こえたのが

「私の愛しい妻が戻ってきた。祝宴の準備を始めろ」

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黄昏時から帰る 泡沫 知希(うたかた ともき) @towa1012

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