38.主君を褒めたので助けましょう
「うわぁ!」
「化け物だ!」
叫ぶ大人を、うるさいとばかりに睨みつける。アザゼルにとって、彼らはおまけだ。主君が気にかける幼子だけ助けるつもりだった。見捨てても構わないのだが……その子はじっとアザゼルを見つめる。
「綺麗な銀色さんのお友達? 僕達を助けて」
怖がる様子なく声を上げたのは、目的の幼子だ。アザゼルは思わぬ言葉に、目を瞬いた。本人は完璧に人族に化けたと思っているが、かなり雑だ。皮膚は鱗だし、尻尾は隠したが目はぎょろりと大きい。
明らかに化け物と呼ばれる外見ながら、幼子は気にせず駆け寄った。慌てて母親が止めるものの、てくてくと走る足は止まらない。
「もう一人の僕のお友達!」
得意げに胸を張り、アザゼルの手を掴む。固まったアザゼルとしっかり手を繋いで、嬉しそうに揺らした。そこで我に返ったアザゼルは、繋がれた手を不思議そうに見つめる。
この子は変わっている。人族らしくない。何より……美しい銀竜である主君を褒めた! 最後の項目がアザゼルにとって、非常に重要だった。主君の美しさと素晴らしさを理解するなら、この子は助けましょう。僕達を助けて、ということは……彼らも一緒に?
ぐるりと周囲を見回せば、ほとんどは目を逸らした。だが襲って来ることもなさそうだ。害がなければ生かしても構わない。のちの生活まで保証はできませんが。
アザゼルは主君を褒めた幼子に語りかけた。
「どこまで助ければいいですか?」
「お家の人達」
即答され、アザゼルは了承した。表現からして、この屋敷の敷地内の者だけでいい。人族なのに欲張りすぎないところも、好感が持てます。アザゼルは拳を目の高さに持ち上げ、ふっと息を吹きかけた。それをゆっくり広げる。
手のひらを上にして開いた直後、ぱっと虹色の光が発せられた。この屋敷の敷地を覆う形で、簡易結界を形成する。魔族が入り込んでいないので、そのまま固定した。
「結界を張りました。一週間は保つでしょう。その間に逃げる準備をしなさい」
手助けするのはここまで。それ以上は人族が自ら動くべきだ。アザゼルの説明に、驚いた顔をしていた母レイラが頭を下げる。父親であるモーリスが、屋敷を代表して礼を口にした。
「我が君が、この子を助けよと仰せになった。私はそれに従うだけです」
ドラゴンを味方にしたと思うな。そう釘を刺し、アザゼルはシエルが掴んだ手を解く。そっと母親の方へ押しやり、背に翼を出した。駆け出し、勢いのままに庭から舞い上がる。
早く離れたい。その感覚を何と呼ぶのか、アザゼルは知らなかった。だから「主君に会いたい」に置き換えて翼を動かす。空中で黒竜に戻り、一気に加速した。
我が君、アザゼルは命令を果たしました。褒めてください。そう心話で呼びかけ、労わるアクラシエルの声に震えた。歓喜が全身を駆け巡る。
灰色の空を切り裂くように黒竜が舞った王都は、予想外の恩恵を受けた。魔族の襲撃が止まり、一斉に引き上げたのだ。アザゼルが関与したことで、魔王ゲーデが退却の指示を出した。ひとまず全滅を免れた王国は、黒竜を紋章として国で祀ることになる。それは数年先の未来だった。
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