37.今はまだ早いです!!
アクラシエルの声に、側近達は顔を見合わせた。恐る恐る卵に問い返す。
「陛下、今のお言葉は?」
心話で、人族を襲う者を調べろと言われても……正直、動きたくない。人族がどれだけ死のうと、全滅しようと、ドラゴンに被害はないのだ。素直にベレトはそう返した。途端に、卵にヒビが入る。
ピシッと嫌な音がして、殻にギザギザの線が浮き出た。中から破ろうとしている、気づいたアザゼルが慌てる。明らかにまだ早い。体が完成していないのに外へ出たら、どんな弊害があるか。
「我が君、私が確認してきましょう。器だったあの幼子を助ければいいんですね?」
アザゼルにとって大切なのは、主君だ。アクラシエルさえ無事なら、それ以外はどうでもいい。逆に言えば、主君が無理をするなら原因を取り除くまで! それが大嫌いな人族を助けることになろうと、彼は気にしなかった。
「ちょっと行ってきます。絶対にそれ以上殻を割らないでくださいね」
よく言い聞かせ、アザゼルは翼を広げて空を舞った。外は夜で、黒竜は闇に溶け込んで見えない。あっという間に距離を稼いだアザゼルの目に、赤々と燃える炎が映った。
人族の都が燃えている。王城はまだ陥落していないようだが、街の半分近くが火に包まれていた。建物が燃え、人が燃え、逃げまどう家畜や人で道は混雑する。上をドラゴンが飛んでも、気づく者の方が少なかった。
真っ赤な炎の中央に降り立ち、人の姿を真似る。だが面倒なので、また中途半端だった。前回は大きさで失敗したので、教訓に今回は小さく縮める。窮屈だとぼやきながら、炎の外へ出た。尻尾を隠し忘れているが、踏まれそうになって慌てて消す。
走り回る人族は、火を消すことは諦めたらしい。逃げることに夢中だった。自分だけ逃げればいいものを、家財一式を担いで行こうとする。荷を積まれた馬や牛が、本能で大暴れした。火を怖がるのは、動物に共通する本能だ。
気の毒なので、荷を縛り付ける綱を解いてやった。崩れて落ちる荷を拾おうとする人族をよそに、動物はさっさと逃げ出す。さすがに罪がない動物が焼け死ぬのは気の毒です。アザゼルはそんな感想を抱きながら、以前に立ち寄った屋敷へ足を向けた。
人族の住む家など全部同じに見えるが、以前壊した瓦礫がそのままだ。辿るようにまっすぐ、貴族の屋敷を目指した。見つけた家に、数人の魔族を見つけて追い払う。奥へ向かうと、途中で武器を持った数人と出会った。
「何者だ!」
「これより先は通さんぞ」
騒ぐ護衛らを一撃で黙らせる。どの個体が必要なのか分からないため、アザゼルは無用な殺生を避けた。もしうっかり殺した奴が必要だった場合、主君が殻を割って無理やり出てくるかもしれない。それだけは防がなくては。
倒した男達を乗り越え、その奥にいる幼子の気配を探る。以前アクラシエルを受け入れた魂は、今も声を届けるほどに近い。ならば、主君の霊力が繋がる先を探せばいい。目を凝らすアザゼルは細く頼りない糸に気づいた。あれか。
隠れている人族を引っ張り出すため、豪快に扉を開け放った。
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