34.コレが噂のアレです

 魔王ゲーデは、氷竜ナベルスの訪問を受けた。突然現れ、ほぼ誘拐の勢いで捕まる。前足でがしっと押さえつけられた幼女は、無抵抗の証に全身の力を抜いた。


「突然悪かったな。実はコレなんだが」


 運んできた氷の塊を見せる。中に剣が一本封じられていた。絶対に溶けないよう凍らせたそれを、黒髪の幼女はじっくり眺めた。凄まじい力を感じるとか、目を奪われる魅了の輝きではない。ごく一般的な剣に思われた。


「これが?」


「陛下の首を落とした女神の剣だ」


「なるほど」


 頷いたものの、何を求められているのか分からない。前足の拘束を解いたところへ、お使いに出ていたバアルが戻ってきた。吸血種のバアルは、定期的に血を摂取する。その意味で、人族は大切な食料だった。


「剣、ですか」


 首を傾げる側近に、ゲーデは聞いた話を伝える。その傍で、ナベルスは真剣に考え込んでいた。


「これをどうするおつもりですか?」


 バアルに尋ねられ、氷竜は青い鱗を揺らして溜め息を吐く。曰く、このまま預かるのは嫌だ。でも誰に預けるのも不安になる。アザゼルも怒るだろう。色々考えた末、元凶の女神を呼び出して突き刺してやりたい、と。


 思わぬ相談を持ちかけられ、魔王と側近は唸る。それは賛成も反対もしづらい。創造主である女神に逆らうのは無理だが、竜王アクラシエルの被害を考えれば協力したい気持ちもある。


「まあいいや、聞いてくれてすっきりした」


 困っている二人の様子に、ナベルスは素直に引き下がった。これ以上話しても仕方ない。そう思ったのだが、バアルが思わぬことを言い出した。


「女神様については不明ですが、新しい神がおられますね。かの方を呼び出してみては?」


 ドラゴンの呼び出しなら応じるのではないか。運が良ければ、女神に繋がる情報が手に入るかもしれない。解決方法ではないが、一つの道筋だった。ナベルスは礼を言い、氷を掴んで飛んでいく。それを見送り、うっかり剣を忘れられなくて良かったと胸を撫で下ろした。


「アレを置いていかれたら、ドラゴンに城を落とされそうだ」


 幼女はぺたんこの胸を撫でながら、ほっとした表情で笑う。バアルはぺたんと座り込んだ。


「しかし……この世界、あとどのくらい保つんでしょう」


「さて、我らの寿命くらい保ってくれるといいが」


 顔を見合わせ、魔族の二人は肩を落とした。女神と勇者の処分だけで許してもらえるとは思えない。だが子孫が抹殺されて絶滅するのも気の毒だ。あれこれ悩む二人は、ふと良い考えに至った。


「ドラゴンの代わりに人族を粛清したら、助けてもらえるかも?」


 唯一にして最後の頼みの綱……そう認識した二人は、同族に呼びかけるため招集をかけた。勇者が反省して償いの旅に出たことも、すでに女神が塵になったことも……知る術はなかった。

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