30.あと数日ですね、我が君
アザゼルは期待に目を輝かせた。卵の表面に薄く霊力が張っている。覆う少し手前、後少しだ。
「アザゼル、そろそろ移動できそうか?」
「いいえ。確実になるまで待ちましょう」
どうせ時間はたくさんあるのですから。ちらりと炎に目を向けるアザゼルは、ふんと鼻を鳴らした。最初に森に火をつけたのは、人族だ。火竜のアザゼルが、その火を大きくして障壁代わりに利用したに過ぎない。
「それもそうだな、数日の話だし」
ベレトはのそりと寝そべった。炎で鱗や表皮が傷つくことはないが、熱いものは熱い。火に直接触れないよう、土壁を作って転がった。
「ナベルスはどうしました? 我が君が復活する歴史的な瞬間ですよ」
「いや、この熱さは氷竜に酷だろ」
返された言葉に、アザゼルは「なんて軟弱な!」と不満げだ。自分が温める卵を、同族達に自慢したいらしい。それなら、安定してからでもいいだろう。ベレトは尻尾を引き寄せ、綺麗に丸くなった。
「ところで……この辺の灰に勇者が混じっているそうですね。どうしてやりましょうか」
紐づいた魂は見えにくいが、魔王の情報で「女神の祝福」という呪いは理解した。あれは確実に呪詛だ。それを与えた理由は、人族が脆すぎるせいだった。魔王が一撃放てば、粉々に砕け散る。この程度の実力で、魔王に勝てないと判断したようだ。
女神の判断は分かるが、竜族を魔族と間違えたのは……女神側の失態だ。きちんと伝えておくべきだし、首を落とされた時点で勇者を処理するか差し出すか、選ぶべきだった。どちらも選ばなかったことで、竜族は決意した。
竜王アクラシエルの魂が新しい器に定着した時点で、この世界を破壊しよう、と。神々に伝える必要はない。先に契約を破ったのは、女神なのだから。助けを乞うておきながら、守護者の存在を人族に隠した。
どんな思惑があろうと関係ない。ドラゴンは世界を育て、守っていた。それは契約の遂行であり、関係を壊したのは女神を支持する人族なのだ。
「そういえば、魔族はどうしましょうね」
さすがに一緒に滅ぼすのは気の毒だ。とばっちりだと心配するアザゼルへ、ベレトは唸った。
「陛下が再構築した世界があったよな、えっと……」
「美しい世界でしたね」
「あそこへ避難してもらうのはどうだ? 魔族はちゃんと俺達を敬うし、言い聞かせたら悪いことはしないだろう」
「なるほど。アクラシエル様がお目覚めになられたら、相談してみます」
アザゼルの声は弾んでいる。大切に包んで温める卵の魔力膜が、徐々に厚くなるのが分かるからだ。あと二日もあれば、移動できますね。新しい巣穴を作るべきでしょうか。でも離れるのは嫌ですし。贅沢な悩みに、びたんと尻尾を地面に叩きつける。
振動が伝わり、人族が王都で怯えていた。迎えに行った勇者は行方しれず、ドラゴンを追った兵は半分が消される。散々な結果に、国王が頭を抱えた。
「どうして俺の治世でこんなことに」
嘆く彼に答えを返す者はいなかった。
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