03.目覚めたら憑依していたが

 死んだら生まれ直すものだと思っていた。当然、卵からだろう、と。


「……まさか、憑依するとは」


 竜王アクラシエルは、困惑顔で周囲を見回す。谷底らしい。両側は切り立った崖、馬や人の死骸が転がっていた。上から落下したのか。


 自らの手足を確認すれば、人族か魔族の幼子のようだ。馬と比較しても小さかった。困ったと溜め息をつき、アクラシエルはゆっくり身を起こす。手は無事だが、足は明らかにおかしな方角に曲がっていた。立てずに転がる。


 強さの欠片も感じられぬ体だが、霊力は無事だ。人族や魔族は「魔力」と表現するが、神力も霊力も元を正せば、ただのエネルギーだった。使用する者がそれっぽい名前をつけるだけ。竜族は霊力と称してきた。魂に紐づく力なので、消滅しないかぎり体が変わろうと使用可能だ。


 じわりと霊力を巡らせれば、痛みが止まった。治癒させるには大きな力を動かす必要がある。しかし、この小さな体には毒だろう。そういえば、本来の魂はどこへ行ったのか。もし弾き出してしまったなら、回収しなくては。


 きょろきょろと周囲を探せば、壊れて瓦礫になった木材を見つけた。元の形を推測するに、おそらく馬車だろう。人族が移動によく使う乗り物だ。その瓦礫の中へ、細い魂の尾が繋がっていた。辿りながら歩くが、折れて曲がった足では不自由だ。


「許せよ」


 多少変質してしまうが、動けないよりマシと思ってくれ。体の持ち主に謝罪し、強引に霊力を巡らせる。ぶわっと大きな力が流れ、足は青紫の痣が残るものの、元の形に戻った。歩いて馬車に近づき、指先でひょいっと瓦礫をどかす。


 霊力を使うたび、非力な体は悲鳴を上げた。あまり使わぬ方がいいが、使わねば瓦礫の一つもどけられない。ぎりぎりを見極めながら、アクラシエルは壊れた馬車に隙間を作った。中を覗くと……顔立ちの整った女性が血塗れで倒れている。魂はぎりぎり繋がっており、心配そうに漂う幼子の魂が寄り添っていた。


 このままなら二人とも死んでしまう。迷ったのは一瞬だけ。アクラシエルは霊力で、細い魂の尾を引き寄せる。体から離れないよう縛りつけた。本来は禁忌に属する術だが、まあ、緊急事態なので仕方ない。何しろ、首を落とされてしまったからな。


 自分でそう呟き、からりと笑う。と、上から声が聞こえた。


「シエル! レイラ!」


 男性の声だ。反応する魂の状態を見て、倒れている女性がレイラで、この体がシエルだと判断した。母と子の乗る馬車が落ちたのなら、上の声は父親か。漂う不安げな幼子シエルを引き寄せ、体に固定する。ひとつの体に二つの魂は負荷が大きいが、霊力で器を作って安定させよう。


 アクラシエルが試行錯誤する間に、降りられる場所を見つけたらしい声が近づいてきた。人の足音や気配は十人ほどか。


「っ! 無事か? ああ、痛かっただろう、怖かっただろう。もう大丈夫だ、お父様が来たぞ」


 涙声で抱きしめる腕に身を任せる。生きていることを確かめると、すぐに馬車に近づいた。覗き込むのを躊躇うのは、それだけ馬車の破損が激しいからだ。シエルの父親に、アクラシエルは声をかけた。


「生きて、る」


 魂を繋いだから、生きている。そう伝えようとしたのに、言葉が制限された。面倒だな、女神との盟約の一部が作用している。人族が知る必要のない情報に関しては、発言が制限されてしまうようだ。


 短くなった言葉をそのまま捉え、慌てた父親は瓦礫を慎重に退ける。下から現れた傷だらけの妻を抱き寄せ、何度も「レイラ」と名を呼ぶ。応えて指先が動くのを確認し、周囲は慌ただしくなった。シエルの体も騎士らしき男性に抱えられ、レイラは急拵えのベッドを担架にして運ばれる。


 アザゼルを呼ぶのはもう少し後にしよう。この幼子が安全な場所に移ったら、体を返して生まれ変わればいい。お人好しの竜王は、のんびりとそう考えた。何しろ、魂が滅びるまで数千万年の寿命があるのだから。急ぐ必要は感じなかった。

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