第2話

「こら玲美〜! もう遅刻するわよ〜!?」

「ん……あれ? まま……? ゆーすけは……?」


 いつも通りの憂鬱な朝が優介の声で始まると思ってた。けれど聞こえてくるのは頭に響くママの声だった。


「家には来てないわよ? 優介くん、あなたのめんどくさがり屋にしびれを切らして嫌いになっちゃったんじゃないのかしら?」

「そんなわけない。ゆーすけは、そんなわけ……」


 ……そんなことないよね? 最近ゆーすけをこき使ったりしてたり、ちょっと嫌な態度とったりしちゃってるけど……そんなことで怒らないよね……?


「ほら、優介くんが来ないんならあなただけで支度しなさいね」

「ぅむぅ……」


 自分一人で朝の階段を降りるのなんて何年振りだろう。階段ってこんなに冷たかったっけ……。


 だらだらとしながら着替え、スマホを確認した。何も送られていないので、私が送ってみた。


「あ、既読ついた……!」


 既読してから数分。返信が帰ってこない。


「な、んで……。既読無視……?」


 そんな……本当に嫌いに……?

 いや違う! そうだ、昨日水かぶっちゃったから風邪ひいたんだ……よね……?

 でも、本当に風邪じゃなかったら……。


「い、行ってきます……!」


 小走りでゆーすけのマンションに向かう。

 外の空気も、いつもと違う。こんなに冷たくなかった。


(全部全部ゆーすけのせい! 家に凸って、問い詰めて、今日一日はこき使ってやる使やる……!)


 ゆーすけの部屋の前でインターホンを押した。けれど、中からは音ひとつしなかった。


「ゆ、ゆーすけ。この私が一人でここまで来たんだよ……? 褒めていいんだよ? ねぇゆーすけぇ……」


 ……でも、学校行かなかったらゆーすけに怒られちゃう。

 私は仕方なく学校に一人で向かった。明日絶対に筋肉痛だ。


 ――学校に到着。


 朝のHR中、ゆーすけがいないことに先生が気づいた。


「あれ、優介はいないのか。誰か知ってる人いるかー?」


 誰も何も答えなかったが、クラスメイトのとある話が鮮明に私の耳に入って来た。


「もしかしたらお世話が嫌になって学校くるのやめたとか?」

「あ〜、まぁ流石に最近度が過ぎてるっていうかねー……」

「そのまま嫌になり、遠くへ引っ越し……なんて、あるかもねぇ〜」


 その話を聞いた途端、昨日の話のことを思い出した。学校に着いて、寝る直前に聞いたゆーすけの話。


『家具やら荷物やらを運ばにゃならんから』


 このことを思い出した途端、私の体は震えだした。


「嘘……でしょ……?」


 その事が気になって、いつも寝ている授業も起きて先生から心配された。


 放課後、プリントなどを持ってゆーすけの家に到着して、インターホンを押した。



###



「んー……寝てた……。ってか腹減ったぁ……」


 インターホンの音で目が覚めた。時計を見ると、もう夕方を過ぎていた。

 そういえば学校に連絡来てなかった……。


 ――ピーンポーン


「はいはい……今出ますよー」


 ヨタヨタと歩きながら、扉を開ける。するとそこには――


(…………誰だ?)


 そこには人影が見えるのだが、誰かは分からなかった。コンタクトをつけ忘れてるし、外ちょっと暗いし、寝起きだから誰だか全くわからん。


(とりあえずめんどくさがり屋の玲美は絶対に来ないだろ? じゃあクラスメイトかな……)

「ぇ、と……その……」

「あー、わざわざありがとうございます。うつしちゃ悪いからこれで。じゃっ」


 突き出されたプリントを受け取り、軽く会釈をして扉を閉めた。

 明日ちゃんとお礼しないとな。


「……今まで見た事ないくらい怖い顔してた……。しかもゆーすけ他人行儀だったし、本当に私のことが……。うっ……うぅっ……」


 優介は耳鳴りがひどく、ドアの前で降る雨の音は聞こえていなかった。



###



「完治ッ!」


 朝起きて、俺は開口一番にそう叫んだ。

 昨日の分を取り戻すべく、今朝は早起きだ。

 果たして昨日、玲美はうまく学校行けたのか?


 そんなことを思いながら弁当を用意し、制服に着替える。ちょっと早いが、もう出ることにしたのだが、俺は驚愕することになる。


「え……な、なんで玲美ここに……ってかここまで歩いて来たのかッ!?」


 なんと玄関を開けると、そこにはめんどくさがり屋の玲美の姿があったのだ。


「うおっと!」


 俯いていた玲美は突然の背中に手を回し、抱きついて来た。


「お願い、捨てないで……! 私今日からちゃんとするから! 朝も起きて、弁当もちゃんと自分で食べるからぁ!!」

「れ、玲美……!? なんで、泣いてるんだ……」


 玲美のルビー色の目からは涙がポロポロと溢れでている。声と体は震えていて、見てるこっちまで悲しくなってきそうだった。

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