第166話 源平碁

ショウゾウがB級ダンジョン≪悪神の息吹いぶき≫の攻略に取り掛かる考えを明かした最初の相手は、レイザー、エリックのいずれでもなく≪蟲魔ちゅうま≫アラーニェだった。


これはショウゾウなりに、ある意図があってのことであったのだが、アラーニェは魅惑的な笑みを浮かべたまま、「闇の主の思し召しのままに」とだけ答えた。


「光王討つべし」と気炎を吐いていた他の魔人たちの姿を見て、ショウゾウはある疑念を抱いていたのだが、この一人落ち着き払ったアラーニェの様子を見て、自分の考えすぎということもあるかと一旦、その疑いを胸にしまっておくことにした。


その疑念とは、誰かが自分を使って、思い通りの状況を作ろうと画策しており、魔人たちはそうした筋書きに誘導する思惑を抱いているのではないかというものだった。

この一気に決着をつけようという魔人たちの盛り上がりが、自らを疑り深いと認めるショウゾウにとっては危うく感じられていたのだ。


魔人たちにも個性があり、その意見も一様ではなかったことが、アラーニェの態度からうかがい知れたことで、ひとまず胸を撫で下ろしたのだが、光王家の無策と無能ぶりが予想以上だったことで、逆にこれこそが罠ではないかという別の可能性も残ってしまっている。


恵まれすぎているのだ。


異能を備えた配下の魔人たちに、多種多様の魔王具、それと自分たちだけが自由に出入りできる≪虚界ヴォダス≫の存在など、まるで自分に勝てと言わんばかりの状況ではないか。


この状況を源平碁リバーシで例えるならば、光王側は石を置く場所も無くて、パスを繰り返し、盤上の石を全部、儂の色に染め変えられかねない状況だ。


迷宮を一つまた一つと消滅させていく度に、光王側はその財政と国力のもといを揺るがせられることになる一方で、儂の方はと云うと解放された守護者たる魔人たちと得られる強力な≪魔王具≫によって、戦力が増していくばかりだ。


直接、矛を交えずとも、これを繰り返すだけで戦力差は広がる一方だし、光王側は勝手に自滅していくことだろう。

ダンジョンから得られる様々な資源や魔石に依存しているこの国の産業構造において、迷宮の相次ぐ消滅はまさしく国家の命運を潰えさせかねない致命傷と成り得る。

租税のほかに魔石献上のノルマを課されている領主貴族たちは、次第にその要求に応えられなくなっていくであろうし、光王家自体の力が衰退してゆけば、そういった地方の抑えも利かなくなってくるに違いない。

国力の衰退は、これまで優位に立てていた周辺諸国との関係に影響を与え、そうなれば、そのうち怪老ショウゾウ騒ぎどころでは無くなる。



「……ショウゾウさん、どうかしたのか?」


≪悪神の息吹いぶき≫の一階にある≪休息所≫に辿り着き、休憩を取っていたのだが、口数が少なく、塞ぎ込んだ自分の様子が気になってか、レイザーが話しかけてきたようだった。

いつの間にか、思索に没頭しており、その呼び掛けに気が付かなかったようだ。


「ああ、すまんな。少し、考え事をしていた。何か、あったか?」


「いや、まだ俺の思い過ごしかもしれないんだが、ちょっと気になることがあってな」


「気になること?」


「ああ、ここまでの探索で、どうにも魔物の数が少ない気がする。それと罠や仕掛けの配置や状態も微妙に違和感があるんだ。誰かが、俺たちよりも前に、この迷宮に足を踏み入れてる可能性がある」


「冒険者か?」


「もし、俺の気のせいでなければそうなるな。いずれにせよ、もう少し進めば再出現リポップの周期などから確かになることだろう。一応、耳に入れておこうと思ってな」


「わかった。肝に銘じておこう」


「この迷宮に足を踏み入れて、しかも僕たちより先に進んでいるとなると、少なくともB級以上の冒険者ってことになりそうですよね。ショウゾウさん、遭遇した時はやっぱり戦闘になっちゃいますかね?」


「そうだな。一応は、メルクスの姿に戻っておくが、儂の正体がショウゾウだと知れた場合には、十中八九そうなるとみて間違いなかろう。エリックもそのつもりで覚悟しておいてくれ」


冒険者か。

この難易度であれば≪迷宮漁めいきゅうあさり≫ではなく、≪踏破者とうはしゃ≫である可能性が高い。

つまりは各地を渡り歩く腕自慢の百戦錬磨であるということだ。


ショウゾウは、≪老魔の指輪≫を指から抜くと、首にかけていた細い銀の鎖状の首飾りにそれを通した。


魔力の増幅器でもある≪老魔の指輪≫を外した状態では、少しパワーダウンしてしまうが、トラブルを避けたり、不意打ちを仕掛けることを想定すれば、メルクスの姿の方が都合がいい。


ショウゾウは、レイザーの予想が外れていることを願いつつも、その状況に陥った場合にどうすべきか、いくつかの方策をもうすでに思案し始めていた。

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