第141話 陰りゆく王都
ノルディアス王国の各地に点在する迷宮の相次ぐ消滅は、そこから生じるドロップ品などの資源に依存する社会全体に動揺と不安をもたらしたが、この現象を直ちに怪老ショウゾウの仕業と結びつけて考える者はいなかったようである。
迷宮が消滅してしまう原因を究明すべく、調査などが行われているようではあったが、その内部で行われる冒険者の活動を制限するような措置は為されず、出入口部分に監視のための兵士が配置されるといった対応を取った領主貴族もいるにはいたが、大規模な警備態勢が敷かれるようなことはなかった。
迷宮が消滅する際に大量の魔物を発生させるという現象を引き起こすことが周知の事実となり、その被害を恐れて大掛かりな対策を取ることができなかったのである。
いつ何時、そうした大惨事が起きるかわからないのであれば、オースレンで行われている迷宮の公営化のような投資はリスクが大きすぎるし、ノウハウもなかったため、ショウゾウが目論んだようなB級以上の上位迷宮の整備は流行らなかった。
C級以下のダンジョンの数が減り、そこを縄張りに生計を立てていた≪迷宮漁り≫たちもまた途方に暮れることとなった。
まだ残存している下級ダンジョンを求めて他所の土地に移っていく者もいたが、魔物の大量発生が恐れられるようになっていたこともあって、命あっての物種だと廃業を決める者も少なくなかった。
迷宮専門の冒険者から、地上に溢れ出した魔物退治や商人など都市間の移動をする者たちの護衛などを生業とする業態が流行り始め、皮肉なことではあるが冒険者ギルドは、かつてその前身であった≪魔物討伐隊≫のような組織への転換を余儀なくされたのである。
このような状況になると、国内に流通していた魔石の量が著しく減り、各地の貴族領主から光王家に献上される魔石の量も目に見えて減少するようになった。
魔石は様々な魔道具の材料として使用されているばかりか、王都などでは当たり前に各家で使用されている≪照明石≫の光源にもなっている。
魔石の価格が高騰し、そもそもの流通量が減ってしまった影響で、夜間に煌びやかな光を放っていた王都ゼデルヘイムもまたかつてよりはその輝きを失ってしまったようであった。
相変わらず王城とその周囲の区画のみは明るく照らし出されていたものの、その外周の庶民が暮らすエリアは、都市の明かりはまばらになってしまっており、家々から漏れ出る光は人工的な≪照明石≫のものではなく、暖色で、ほかの地方都市同様のランプや燭台などの火によるものであると見受けられた。
繁華街も静まり返り、夜に出歩く者の姿も少ない。
その夜の街並みの変化を自らの目で確かめるように、メルクスは王都の大通りを一人歩いていた。
神殿騎士が詰めている王都の入場口の手続きを、≪闇の
「その風貌からすると、異国の者だな。こんな夜遅くに何をうろついている?」
「はい、御覧の通り。私は、各都市と王都を行き来して商いをして生計を立てている商人でございます。冒険者ギルドが近頃、運行させている護衛付きの乗合馬車に乗ってきたのですが、道中、魔物に出くわし、到着したのがこんな日暮れになってしまいました。これは、商業ギルドの交易許可証で、背負子の荷物はご婦人たちがお喜びになる貴重な香料や薬、装飾品などの品物ですが、お
メルクスはそう言って、二人組の衛兵に銀貨を一枚ずつ手渡した。
「いや、そこまでは必要ない。ただ、最近、王都も物騒でな。街灯が消え、町全体が暗くなった影響もあるのだろう。物盗りや
「それはお勤めご苦労様でございます。私も王都には久しぶりに来ましたが、まるで昼間のような明るさだった王都がこのような状況になっているとは、心底驚いております」
「まことに嘆かわしいことだが、仕方あるまい。さあ、もう行け。俺たちは巡回の途中で、忙しいからな」
「はい、それでは失礼いたします」
メルクスは恭しく礼をして、その場を立ち去ろうとした。
「おい、待て!」
背後からそう呼び止められて、メルクスは思わず身構えた。
スキル≪オールドマン≫をいつでも使えるように心構えをし、とっさに動けるように用心した。
「何か、ほかに御用でしょうか?」
「ああ。言い忘れたが、久しぶりにこの王都に来たというのなら、大魔法院があるあたりにはあまり近寄らぬことだ。まさしく異例中の異例のことだが、あそこには大勢の王族たちが別天地からやってきて滞在している。商いの好機などと、助平根性をだすと思わぬトラブルに見舞われることになるかもしれんぞ。あの方々は文字通り別天地に住まう方々。我らとは常識から振る舞いまで何もかもが違う。下手に目をつけられようものなら、ひどい目にあうことになるぞ。壁の向こうの方々は我らのことなど、同じ人間だとは思っておられないようなところがあるのだからな。気を付けることだ」
賄賂が効いたのであろうか。
衛兵はとても愛想よく、そう助言を残すと相棒と共に去っていった。
大魔法院には近づくな……か。
できればそうしたいところではあるが、こちらにもそうはいっていられない事情がある。
大魔法院の院長にして、その最高位たる≪大師≫の地位にあるヨランド・ゴディンのもとで庇護を受けていたエリエンではあったが、王族がらみのいざこざに巻き込まれ、非常に危うい立場になったと、≪
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