第37話 路地裏の闇

レイザーと別れたその日の日暮れ後。


外套のフードを目深にかぶったショウゾウはオースレンの歓楽街にいた。


いくつかある賑やかな通りの中から、自分の宿とレイザーが泊まっているという宿の双方から少し離れた場所を選び、その周辺を獲物を探す飢えた捨て犬のような目で彷徨い歩いた。


≪魔導の書≫によれば、今の自分は八十五歳まで若返ったということだが、その実感を得られるほどにはなっておらず、≪老魔ろうまの指輪≫を着用している時の方がむしろ若く見えるほどだった。


若さへの渇望。


それはショウゾウの心の中で日に日に大きく膨らみ続け、狂おしいほどの葛藤をもたらすようになっていた。


スキル≪オールドマン≫で誰かを殺して、若さを奪いたい。


レイザーとダンジョン攻略している最中も、何度もその欲求が頭の中をよぎったが、それに溺れて流されてしまうショウゾウではなかった。


若返りたい。


だが、そのための獲物は吟味せねばならぬ。


レイザーはまだまだ必要な人間であるし、ほんの幾ばくか若返るためだけに殺すのではその価値が釣り合わない。

かと言って、目につく往来の者を手当たり次第に襲っていたのでは、巡回中の衛兵などに捕縛されてしまうであろうし、上手く事が運んだとしてもお尋ね者になるなどして、すぐにこのオースレンに居られなくなるに違いない。



若き頃の自分に戻るためにはさらに多くの命を奪う必要がある。


詳しい検証が必要であるが、今のところ、二、三人分の命で一歳分の若返りを果たすことができているようだったので、これを基準にすると、六十年分の老いを清算するためには少なくとも百二十人以上の命を奪わなければならない計算になる。


大きな事件に発展させずに、人知れずこのノルマを達成するためには、綿密な計画と冷静かつ大胆な行動力が必要になるのだ。


ショウゾウには、このオースレンの街を離れる意思は毛頭無かった。


ようやく環境に少しずつ慣れてきたところであるし、また新天地を求めなければならなくなる苦労を考えると、何としてもそれは避けたかったのだ。


この街の平穏な日常に紛れ、焦らず少しずつ事を進めていくのが望ましい。



ショウゾウが考える理想の獲物は、身寄りがなく、孤立していて、死んだとしてもだれも見向きしないような社会的弱者であった。


浮浪者、売春婦。

あとは捨て子なども良いかもしれぬ。


そうした考えでショウゾウがやってきたのはオースレン西地区のちょっとした歓楽街で、「親不孝通り」と呼ばれているらしい一画だった。


退屈そうに路地にぽつんと立っていた年増の売春婦を見つけ、声をかけた。

安宿の付近にいる売春婦は、それを仕切ってる連中がいるらしいことは酒場などの雑談から調べがついていたので、あえて立ちんぼのモグリの売春婦を狙うことにした。


「あら、ずいぶんと皺だらけのお客さんだこと。そんな歳で、あっちのほうは大丈夫なの?」


白髪も目立ち、肥え太った年増の売春婦は下卑た笑みを浮かべながら、ショウゾウの股間に悪戯するような仕草を見せた。


「ああ、問題ない。この歳になっても、なかなか女遊びがやめられなくてのう。家族に白い目で見られたくなくて、こんな成りで、こそこそやって来たというわけだ。近所の噂になったりしたら大変だからな、どこか人気のない場所にいかぬか。礼は、はずむぞ」


「銀貨一枚。いかにアタシの腕でも、立たせるのに苦労しそうだから、これ以上は負けられないよ」


年増の売春婦はそういってショウゾウに自分の胸を押し付けつつ、どこかにいざなおうと腕を引いてきた。


フードを目深にかぶった人物と盛りを過ぎたモグリの売春婦。


やがて二人の姿は路地裏の闇に消えていったが、そのことに関心を示す者などそこには誰もいなかった。





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