夏を呑む
しるなし
プロローグ
光が差した。
私を刺した。
左手で目を覆った。それでも指の隙間から溢れて、手の上から私を覆った。
窓から侵入する木の香り。入学式から三ヶ月。私たち同様にピンクの花から若葉に衣替えを果たしていた。
まさに黒板に書かれた俳句そのまんまみたいな景色。それはあたかも夏が見た夢みたいで、外界とは分断された一つの次元のようだった。
最高気温を更新し続けるニュースを鬱陶しく感じるこの季節は、「寒くない」という事実以外で好きになれる要素が見当たらない。
視界が歪むような圧縮された空気。意志とは反対に止まる様子のない汗。
青春だなんてうるさく並べ立てる高校生など知らない。第一それは夏ではなく春だ。
こんな感想しか出てこない夏を、もう一度好きになんてなれないだろう。
一限からプール授業で、寝息を立てている生徒も少なくない真夏の五、六限。たまに音を発するチョークと、授業の意義を春に置いてきてしまったような国語教師。
彼らの雑音でしか時の動きを感じれないこの空間で、私だけは外の景色を眺めていた。
否、窓の外を見つめていた。
ふわりと舞った淡い緑色のカーテンのさらに向こうでなびく、これまたカーテンみたいな白いワンピース。
その首元からは、周りの高校生よりもかなり幼く見える童顔が覗いていた。頭には漫画からでてきたような麦わら帽子がのっていて、どちらかと言えばそれに被られているように見える。
しかしそれはとても似合っていて、どこを探してみても彼女より似合う人は見つからないんじゃないか、と思わせるほどだった。まるでそれを被ったその瞬間からずっとそのままでいたかのように。
少し暑く感じてしまうようなそよ風で踊っている黒髪。腕の関節くらいまでありそうなそれは言葉に表せられないような雰囲気をまとっていて、あえて文字にするなら、ただ妖艶だった。
いや、これでも足りないのだろうけど、そうとだけ言っておこう。
その髪からときおり彼女の目が見え隠れしている。笑っているようでその奥では虚無を隠しているような。親愛のような感情を向けているようでどこか疑っているような。
一目無垢に見えても、もう一度見ると全てを見通しているようでゾッとしたり。
そんな目で私を見つめていた。
窓の外の、教室と外を繋ぐような空間のへりのようなところに座っている彼女と、教師の声をノイズとして認識して、授業を放棄している私。
見つめあった二人の景色だけが世界から取り残され時が止まっているような、それとも教室の時が止まっていて、私たちの間だけ時が動いているような。そんな風に感じられる夏の一ページ。
彼女は私を見つめて離さない。私の目は彼女に囚われたままで離せない。
私が嫌うようになったこんな真夏日が、こんなにも似合う彼女には誰もがこんな感想を抱かざるを得ないだろう。
まさしく、「夏の魔物」だ、と。
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