夜光蝶
岸亜里沙
夜光蝶
その姿を見た者を、安らかに死へと導くとされる蝶。
その名は
森の入り口付近で、偶然見つかった彼のカメラの中に、
ボヤけていて、ハッキリとは映されてはいなかったが、そこには七色に光る
先住民族の伝説上の存在かと思われた蝶が実在するというニュースは、瞬く間に世界中を駆け巡った。
深夜の暗闇で幻想的な光を放つ魅惑的な蝶。その神秘的な伝説は、人々を魅了して止まない。
死神とも称される幻の蝶だが、その鮮やかな光見たさに、怖いもの知らずの学者や、自殺志願者たちまでもが、毎夜リッケンバーグの森へとやって来ていた。
大樹が夜空を隠し、漆黒の闇に包まれた森は、風の音もしない無音の空間。
異世界への入り口が存在しているとされるこの森は、立ち入るだけで精神を病み、生きて森から出られる事はないだろうと言い伝えられている。
正に今、森へと立ち入ろうとしている一人の人間。名前は
彼は学者でも自殺志願者でもなく、ただの冒険家だ。
一冒険家である宮前だが、彼はダルファ国の軍隊長、エリック・ケイマーに依頼をされ、
「
軍隊長エリックの言葉を信じ、宮前は持参したガスマスクと暗視ゴーグルを装備し、森の中へと足を踏み入れた。
しかし宮前は、冒険家として名を残したかった。軍の褒賞金など二の次だった。
今回の挑戦は歴史的なものになるだろう。
軍の新兵器開発にも賛成は出来なかったが、
意気揚々と森へと侵入した宮前だったが、森の奥へと踏み入れる程に、背筋が凍りつくような感覚と、息が詰まる感覚を覚えた。
この森にこれ以上入るべきではないと、直感的に身体は感じているようだが、好奇心と名誉心に突き動かされ、
だが、一歩進む度に動悸は増し、ガスマスクも装着しているが、息苦しさも徐々に増していく。
「早く、見つけないと・・・」
鉛のように重たく感じる足を、必死で持ち上げ森の奥へと進む。
だが尋常ではない疲労感に、その場に座り込んでしまう。
あまりの息苦しさにガスマスクを外したい衝動に駆られたが、自重する。
宮前はバックパックから、ノートとペンを取り出し、なぐり書きで記録を残す。
【現在時刻、午前1時23分。森へと侵入してまだ10分程だが、この森には得体の知れない何かが潜んでいるようだ。
肩で息をしながら、宮前は上を見上げた。太い枝に葉が生い茂っているせいで、夜空は見えない。
耳を澄ましても、自分の荒い息づかいしか聞こえてこなかった。
20分程座り込んでいた宮前だったが、ゆっくり立ち上がると、更に森の奥を目指し歩き出す。
しかし、どんどんと気分が悪くなり、視界もボヤけてくる。
これが
宮前はまたノートとペンを取り出し、書き始めた。
【現在時刻、午前1時47分。激しい嫌悪感が増強。死への恐怖も増してきた。生きて帰れなかった場合に備え、この記録を残す。】
ゆっくりと歩き続ける宮前だったが、森の奥に、そこにあるはずのないものを目にして立ち止まった。
それは
「小屋だ・・・。どうしてこんな所に?」
手付かずの大自然の中に、人工的な小屋はあまりにも異質で、不気味な存在。
入り口のドアはひとつだけ。窓も無い。かなり前に建てられた小屋らしいが、今誰かが使っているのだろうか。
宮前は、
【現在時刻、午前2時。森の中で謎の小屋を見つけた。一体この小屋はなんなんだ?】
恐る恐る小屋へと近づき、様子を窺う。
中から音はしない。
誰かが居る雰囲気もないが、念のため護身用のレーザーガンを片手に持ち、荒い息づかいのまま、宮前は小屋のドアに手をかける。
ドアを引くと、ドアの
ドアの隙間からこっそり小屋の中を覗くと、宮前の目に飛び込んできたのは、音もなく静かに空中を乱舞する鮮やかな七色の光。
「
宮前は暗視ゴーグルを外しながら、思わず叫んだ。
そしてまた一気に鼓動が早くなる。
自分の意思よりも早く、宮前は
『ようこそ、死をも恐れぬ勇士よ。私と共に聖域ランチャード・ヘブンへと来ていただけませんか?』
「な、なんだ?」
宮前は混乱し頭を押さえながら周囲を見渡すが、
『私はエルフ。今貴方の目の前に
エルフと名乗った
「リ、
『ええ。今ランチャード・ヘブンでは、内乱が起こっているのです。その為、この世界の優秀な人材に助けを求めにきています』
「ちょっと待ってくれ、自分が優秀な人材だって?」
『そうです。貴方のような方を探し求めておりました』
「内乱って事は、つまり戦争だろ?だったら自分よりももっと適任者はいる。ダルファ国の軍隊長エリック・ケイマーを、自分は知っている。彼のが適任ではないのか?」
『いいえ、軍隊は求めておりません。私たちが求めている人材は、死をも恐れぬ知識人であります。それに人を殺した事がある人間は、ランチャード・ヘブンには転送出来ませんから』
「自分が、知識人?」
『貴方は様々な場所を旅し、多くの知識を付けてきましたね。壮大な場所、危険な場所へも赴いた。誰も見たことのない景色を見てみたいと冒険を続けてきました。ランチャード・ヘブンには、貴方がまだ見たこともない、素晴らしい景色が広がっております。どうか私たちに力をお貸しください』
宮前は考え込んだ。
エルフたちが暮らす異世界の風景を思い浮かべ、自分の冒険家としての集大成は、そこかもしれないと思った。まだ見ぬ世界、ランチャード・ヘブンを旅してみたいと。
「ひとつ聞きたい。自分がそのランチャード・ヘブンに行った所で役に立てるのか?」
『貴方にはスパイ活動をお願いしたいのです。ファビオ・ミッチェル氏や、他の学者の方たちとコンビを組んで、敵地バグラーナに忍び込んで敵の内情と、バグラーナの精密な地図を作って頂きたい』
「地図?」
『はい。
宮前はガスマスクも外し、笑って答えた。
「随分と古風な戦い方ですね。スパイを使った情報戦とは」
『来ていただけますか?』
「面白そうだ。異世界の風景を、この目で見てみたい。だが内乱が終われば、またこちらの世界に戻れるのでしょうね?」
『もちろんです。貴方が望めばランチャード・ヘブンで暮らす事も可能ですが』
「分かった。行こう。連れていってくれ。まだ見ぬ世界へ」
『ありがとうございます。行きましょう』
エルフが答えると、小屋の中が七色の光に包まれた。体から意識だけが、遠い宇宙へとワープするかのようにどんどんと薄れていくが恐怖感は全く無い。それはまるで自分が母親の子宮内に戻るかのような安心感。
そして次の瞬間には、宮前の意識はランチャード・ヘブンへと転送されていた。
◆
◆
◆
◆
◆
宮前がリッケンバーグの森に足を踏み入れてから数日後、ダルファ国の軍隊長エリック・ケイマーは、隊長室のソファーに腰かけながらパイプを吹かしていた。
「またしても
エリックは天井を見ながら呟いた。
夜光蝶 岸亜里沙 @kishiarisa
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