お母様のお力なのですね!
「こちらは大丈夫そうですね。では私はルゼルさまのところに行きます」
「ソフィーさまがなんと言っているのか相変わらず理解はできませんが、問題はないのですね。わかりました、いってらっしゃいませ」
医師とはこの姿で何度も会っている。だからか、言葉は通じずとも身振り手振りである程度の意思の疎通はできるようになっていた。
医師に患者たちを任せ、ソフィーはルゼルが向かったであろう方向を目指した。
なにも邪魔をしに行くのではない。足手まといにならないようにそこまで近寄る気はないが、それでもルゼルのことが心配なのだ。
「どっちに……終わってるわ」
ソフィーがルゼルの元にたどり着いたとき、すでに魔法使いは伸びていて、そこにはルゼルが一人立ち尽くしていた。
「ルゼルさま!」
「ああ、ソフィー」
ルゼルの元に近寄るとそっと頭を撫でられて、ソフィーにかけられていた変身魔法が解ける。
「お怪我は大丈夫なのですか⁉︎」
ルゼルの左腕には真っ赤な血が滴っている。ソフィーがその腕に触れようとすると、汚れるからとそっと手を払われた。
「この程度なら問題ないよ。これくらいすぐに治るから」
「す、すぐにって……」
怪我は皮膚の表面を切った程度なのでたしかに重症ではなさそうだ。しかし放置して炎症を起こしたりすると大変だ。屋敷にいる医師に診てもらおうとソフィーが提案しようとしたとき、ルゼルが自身の左腕に手をかざした。
「ほら」
かざされた手の下にあったはずの怪我は、完璧に治っていた。
服は血が付いたままだが皮膚の切り傷は完全に塞がっており、新たな血が流れる様子はない。
「す……」
「……」
「すっっっごい! これが魔法の力なのですか⁉︎」
軽症とはいえ、怪我がすぐに消えた。なんてすごい力なのだろう。
ソフィーは感心して目を輝かせた。
「えっ……いや、たしかに治癒魔法も使えるけれど、これは魔法を使ったというよりは僕の中に流れる妖精の血が関係していて……」
「つまりはお母様のお力なのですね!」
「う、うん。そうなるね」
きらきらと目を輝かせてルゼルに迫るソフィーに、ルゼルは少し気遅れしたように後ずさった。
「妖精は長寿で、しかも自然治癒能力が高い。その力が僕にも受け継がれていて……」
「さすがです、ルゼルさま! 先程の戦いもかっこよかったです!」
「あっ、うん、そう……あの、ソフィー? 少し近くないかい?」
ルゼルの背後には木。前方にはソフィー。木とソフィーに挟まれて行き場のなくなったルゼルは少し顔を赤らめてソフィーの前に手を置いてソフィーがこれ以上近づいてこようとするのを阻止しようとしていた。
「す、すみません! 魔法も妖精の力も、どちらもすごいなって、興奮してしまって」
「いや、きみにそう思ってもらえるのはとても嬉しいんだけど、ちょっと恥ずかしいというか」
「恥ずかしがる必要はないと思います! 魔法も妖精の力もどちらも素晴らしいものです! もっと誇っていいものだと思いますよ!」
「恥ずかしいのはそっちじゃないんだけどなぁ」
思ったことを素直に伝えるソフィーに、ルゼルはぼそりとつぶやいた。
「ま、まぁ、彼は協会に連行してもらうとして、屋敷の人たちの無事を確かめに」
「怪我一つありませんでした!」
ソフィーはここにくる前に客室で全員の無事を確認したことをルゼルに伝える。
「そう、先に確認してくれたんだね」
「私にできることはこの程度ですから」
「そんなことはないよ。少なくとも僕はきみに出会えて、一緒に過ごせてそれだけで幸せだと思っているよ」
「や、やめてくださいよ。なんだか気恥ずかしいです」
勘違いしそうになることを言わないでほしい。ソフィーは恥ずかしくて少し顔を赤らめた。
「本当に思っているよ。私は三十年前に屋敷に仕えてくれていた最後の執事が死んでしまって、それ以降たった一人で生きようと決めていたんだ。街に行っても、協会に行っても、必要最低限の関わりだけを持てばそれでいいと思っていた。けれどソフィーに出会って、街の人たちに声をかけられるようになって、やっぱり人との関わりは良いものだと改めて思い知らされたんだ。人との関わり、当たり前のようなこと、僕の忘れかけていたもの。全部ソフィーが思いださせてくれた」
「そんな……私はなにも」
あまりにもルゼルが優し気な声でソフィーを褒めるので、ソフィーは思わず首を横に振った。
行方不明者の捜索ができたのはルゼルの魔法があったから。ソフィーはルゼルに支えられているが、ソフィーはルゼルに見合うものもっていない。
ソフィーがルゼルに褒めてもらえることなど、なにもないのだ。
「なにもしてないことはない。僕のそばにいるというとても大変な役割を担ってくれているじゃないか。しかもあんなに楽しそうにね。侯爵家に無理矢理話を通したから怒って出ていかれるかも、とか考えていたのだけれど、すべて杞憂だったようだね」
「それは、そりゃあルゼルさまの隣で過ごす日々は楽しいですから。私にはルゼルさまのようなすごい魔法は使えませんが、家事は人並みにできると自負しています。私の料理を美味しいと言って完食してくださるのがとても嬉しいんです。楽しくないはずがありません!」
ソフィーができる唯一のことは家事のみ。仕事中のルゼルにお菓子や茶を持っていって、適度に休憩を促すことしかできない。
しかし、ルゼルはそれで良いと笑った。むしろ、それが良いと、それがすごいことなのだと優しく微笑んだ。
ルゼルの隣で、妻として過ごす日々。最初は屋敷の異動だと思っていたのに、まさかのお嫁さまになって、もちろん驚いた。しかも相手が伝説の大魔法使いだというのだからまた驚いた。
それでも。ルゼルの隣で過ごす日々は心から楽しいものだったと声を大にして言える。
ソフィーは微笑んで、踵を返す。
「きみにとっての普通が、他人にとってはとても難しく恐ろしいことだと気がつかないんだな。本当に、ソフィーには敵う気がしないよ」
「ルゼルさま? なぜかたくさん人が来ているようなのですが……あれ、聞いてます?」
「ああ、うん。聞いているよ。彼らは魔法協会の役員だ。事件の報告と犯人の身柄を受け取りに来たんだよ」
屋敷に戻ろうと、森の整備された道の方を見るとそこに人がたくさん歩いていたので、ソフィーがルゼルの方を振り返ると彼は柔らかな微笑みを浮かべていた。
どこか心ここにあらず、といった印象だったので声をかけるとルゼルはふっと笑って説明をしながらソフィーの元に歩みを進めた。
小さな愛らしい小鳥が軽やかに鳴きながら、仲良さそうに並んで歩く二人と魔法協会の役員たちの上空を気持ちよさそうに羽ばたいていた。
大魔法使いのお嫁さま 西條 ヰ乙 @saijou
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