自惚れ
サクサクとしたクッキーにほんのり甘いクリームのショートケーキ。店によって味が異なるので食べ比べるのも楽しいものだ。
今のソフィーはこの店のタルトな気分でここまできた。
店に入り、お目当てのタルトを頼む。フルーツがふんだんに使われたタルトを受け取ると足早に店を出た。
どうも洋菓子店は魅力があり過ぎて困る。ショーウィンドウに並んだお菓子を見ているとまるで魔法にかけられたかのように、すべて注文したくなってしまう。なのでこれ、という目当てのものを決めてから店に行って、買い物を済ますと素早く店を出るのだ。
もし店のお菓子をすべて頼んでも、全部食べきれる自信がない。もしルゼルが一緒にいてくれて、分け合って食べることができたなら、
「なんて、なにを考えているの」
ソフィーは妄想を振り払うように、ぶんぶんと首を振って歩き出した。
「ねぇ、知ってる? あそこのおじいさん、一週間ほど家に帰ってないそうなの」
「えぇ……あのじいさん、そこそこ歳いってるし、心配だな」
「川の向こうにある孤児院の子供が誘拐されたそうよ」
「そういえば最近孤児院の子たちが遊んでいるのを見かけないわね」
「子供が攫われたから警戒しているのよ。外に出ないように、って」
「物騒ねぇ」
「隣街で行方不明者多発ですって。最近この辺でもいやな話を聞くし……心配だわ」
「うちの子も外に出さない方がいいかもな」
「そうした方が良さそうかも」
ソフィーが歩いていると、道端で話している夫婦や井戸端会議をしているご婦人たちの話が耳に入ってきた。
たしかに街の広場にある掲示板にも行方不明が増えてきていると書いてある。随分と物騒な世の中になったなと思いながらソフィーは屋敷に戻った。
「ソフィー」
「ルゼルさま!」
門をくぐった噴水の前、そこにルゼルの姿が見えてソフィーは駆け足でルゼルの元へと向かった。
「どこに行ったのかと思ったよ」
「す、すみません。買い物に出かけていて」
「ああ、いや、買い物に行くのはいいんだけどね。ただ最近はなにかと物騒だろう?」
「行方不明者多発、ってやつですね」
「そう。まさかソフィーも、と思ったけど、無事でよかった」
そう言ってルゼルはふっと微笑んだ。相変わらず絵になる方だ。
「私は大丈夫です。それよりルゼルさまがこの時間帯に屋敷にいるのは珍しいですね。お仕事はお休みなのですか?」
「いや、少し忘れ物を取りに来ただけだよ。またすぐに家を出る……ああ、あとこれをきみに」
「えっ、いや、そんな」
ソフィーが尋ねるとルゼルは首を横に振って、懐からなにかを取り出すとソフィーに渡した。
ソフィーは直感的に贈り物だと察して受け取りを拒否しようとしたが、無理矢理手に握らせられてしまい、ルゼルはそのまま門の方へと向かっていった。
「じゃあ、行ってきます」
「あっ、行ってらっしゃいませ!」
しかたなく贈り物を受け取り、ソフィーはルゼルを見送った。
誰もいなくなったところでソフィーは噴水の縁に腰掛けると先程ルゼルから渡されたプレゼントの中身を開けた。
「ああ……やっぱり」
中身は綺麗な石のついたネックレス。ルゼルの身分を考えると、これが高価なものかどうかくらい簡単に想像がついた。
「ルゼルさま……たまにこうして食べ物以外の物もプレゼントしてくださるけど……私には似合わないから申し訳ないわ」
ルゼルはこうして時折異国のお菓子以外にもネックレスなどの装飾品を贈ってくれるが、平民育ちのソフィーには高価なネックレスなどを普段使いする感覚がない。貰ったものはどれも箱に仕舞われたまま、引き出しの中に眠っている。
「お菓子、ネックレス、ピアス……一番多いのはお菓子だけど、結構いろんなものをくださるのよね」
ルゼルはソフィーにいろんなものを渡していた。仕事先で適当に見繕ったのか、本当にいろんな物を贈ってくれる。
「……もしかして」
いや、それはいくらなんでも考えすぎでは、自惚れすぎるだろうと思うが、しかし。
「私が気に入りそうなものを手当たり次第たくさん用意してくれているの……?」
プレゼントの中身は多岐に渡る。それはルゼルがソフィーのためを想ってこその種類の豊富さなのかもしれない。
もしそうだとしたら申し訳ない。ただでさえ、今のソフィーはなにもせずにルゼルのお金で生きているのだ。それに加えて贈り物を用意してもらうなんて申し訳なさすぎてこっちが泣いてしまいそうだ。
「今日の夕食は一緒に食べられるかな……お話、しないと」
このままではダメだ。
趣味ではない贈り物も、仕事がないのも。ソフィーが堕落してしまう。それを阻止するためにはルゼルに話をつけて贈り物をやめさせ、少なくとも自分の食事くらい自分で用意できるように相談しないといけないだろう。
ソフィーはよし、と頷いて今後の予定を決めるとまずは甘いもの、とタルトの入った箱を手に屋敷に戻った。
しかしその日、ルゼルが帰ってくることはなかった。
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