夢の中の透明に救われて

与野高校文芸部

夢の中の透明に救われて

 ふいに聞こえたあの言葉、

「ありがとう、     」

私は一体、誰なんだろう……?



 キーンコーンカーンコーン。4限の終わりのチャイムが鳴る。昼休みだ。

「ねえねえ、とわちゃん。焼きそばパン買ってきてよ〜」

 今思えば私は、相当な馬鹿だったと思う。私はテンプレな注文に、

「うん、いいよ」

と返して購買に向かう。焼きそばパンと一緒にメロンパンを買って、教室に戻る。このメロンパンは私のものだ。いつもは人気でなかなか買えないけど、珍しく残っていたからついでに買った。

「お待たせ。はい、焼きそばパン」

「は? あたし、メロンパンって言ったのよ」

「え? でも、さっき、焼きそばパンって……」

「気が変わったのよ。それに、あたしは言ったはずよ。聞いてないあんたが悪いじゃない……って、その腕に抱えてるものはなに? それを寄こせばいいじゃない」

 えっ……でも、これは……。

「早く寄こしなさい。はい、これお金」

 そう言って、私の腕から強引にメロンパンを取る。金額は……少し足りない。でも、聞いてなかった私も悪いよね…………。私はメロンパンを諦めた。



 なんとなく教室にはいられなくて、私は外に出ていた。ここは、校舎裏の手入れが届いてないところ。ここに来る人はほとんどいない。ここは私の数少ない居場所だ。何度来ても草はボーボーで、代わりに手入れをした方がいいのかな、と思うくらいにはひどい。でも、そこがここの良い所でもあるから、決してしない。今日も相変わらずだな〜なんて、のんきに思っていたら、光が目に入った。私は自然と目を細める。なんだと思って見てみると、人の形をしたガラスの彫刻が置いてあった。顔の部分はよく見えない……というより、ない……? のっぺらぼうみたい。それに……身長、体格、そういったものがなんか……私に、似てる……? いや、私がこんなにきれいなはずないと、考えを戻した。それにしても、こんなにきれいな彫刻、こんなところに置いといて大丈夫なのかな……? 先生に言ったほうが……って、えっ!?

彫刻ちょうこくが、動いた……?」

 今、目の前にいるガラスの彫刻が動いたのだ。え? なんかのドッキリ? でもあの彫刻、透明で、奥まで見えるし……夢? もしかして、夢なの? ……でも、夢の中でここまではっきりと意識を持つこともないし……。……どうせ夢なら楽しんでも問題、ないよね?

「ねぇ、彫刻さん。なんでこんなところにいるの?」

 いくら夢でも、こんな草がボーボーなところにいるのはおかしい。

「…………」

 え? 無視? 今無視されたんだけど? ……でも、ちゃんと目は合ってる……と思う。もしかして、

「喋れない?」

 まさか、動けるのに喋れないのか、この彫刻……。夢なら喋れてもいいのに……夢に文句言うなんて、なんだかおかしいよね。

 キーンコーンカーンコーン。

 あ、そろそろ教室に戻らなきゃ。彫刻さんに別れを告げて、教室に向かう。



 次の日私は、昨日と同じ時間にあの場所に訪れてみた。もう夢は覚めてると思うけど……一応、ね。昨日は確かこの辺に……いた。もしいたら、私が話し続けるんだな、と思って話の内容は持ってきてある。彫刻さーんと、声をかけると、ゆっくりこっちに顔を向けた。やっぱ動くんだ……。

「ねえねえ、彫刻さん、あのね……」

 そう言って話し出す。彫刻さんは何も言わず、相槌すら打たず、私の話を聞いていた。


 そこからしばらく話していて、とあることを思い出した。

「そういえば! いつまでも彫刻さん呼びは嫌でしょ? だから、名前を考えてきたの!」

 相変わらず反応はなし。

「彫刻さん! [るる]っていうの! あのね! 漢字で書くと、[瑠琉]ってなって、どっちも宝石って意味なんだって!」

 紙に漢字を書いて説明する。喋れないから、どちらかというと勝手に呼ぶことになるんだろうけど……まあいっか。

「だからこれから、[るるちゃん]って呼ぶね!」

 相変わらず顔が見えなくて、感情が読めない……。でも今、笑ったような気がした。私は楽しい気分で教室に戻っていった。



 次の日、私は何故か呼び出されていた。呼び出された場所で、数人に囲まれていた。その中にはこの間、メロンパンを譲ってあげた子もいる。

「急に呼び出して、どうしたの……?」

「まだ分かってないの?(笑) あんたほんと、鈍感過ぎ」

「これで分かるんじゃない?(笑)」

訳も分からず、ポカンとしてると、お腹に衝撃が走った。

「かはっ……」

「あはは! いい顔よ。これで頭がお花畑なあんたも、分かったんじゃない?」

 蹴られた。蹴られたことなんてないから、初めての痛みにうずくまる。話してる内容が聞こえない。髪を引っ張られて顔をあげさせられる。

「何しても気にしません、みたいな反応してさぁ……いい加減うざいのよ。消えてくれない?」

 それだけ言い残して、どこかへ行った。私はそのまま、あの子のところへ向かった。


「るるちゃ――っ! 何してるの!?」

 体を引きずりながら向かったところで見たのは、ひびが入ったところを、セロテープで補強しようとしているガラスの人形――るるちゃんだ。

「るるちゃんはガラスなんだから、テープじゃ治せないよ!? お腹が割れるなんて何した……の……」

 ……ん? るるちゃんは、お腹が割れてる? そして、さっき私が蹴られたのもお腹だ……。……たまたまかな? ……って、そんなことより、早く直さなきゃ……。



 そんなこんなで、結局どうすればいいか分からず、今日は家に帰った。ガラスなんて、職人さんくらいしか直せないし、そもそも、るるちゃんは動けるから、人前に出したら騒ぎになっちゃう……。とりあえず今日は、セロテープで留めて別れた。なんであそこに都合よくテープがあるのかも気になるけど、今はそれよりも、考えなきゃいけないことがある。おなかだけが割れるなんて……。それに、今日私が蹴られたのもおなか。偶然とは言い難い。

「とわー。ご飯よー」

 ご飯ができたみたい。私は紙を持って向かった。


「っ! 何よこの点数! 真面目に勉強したの!?」

「ご、ごめんなさい……っ!」

 お母さんが握りしめているのは英語のテストだ。ちなみに点数は86点。悪くないと思ってたんだけど…………

「いつも95点以上取りなさいと言ってるでしょ! なのに、90点台ですらないなんて……」

「で、でもお母さん……今回の平均点は、43点なんだよ……?」

「それがどうしたっていうの? その分あなたは点数が取れて、成績アップに繋がるでしょ?」

「っ! ごめんなさい…………」

「今日のご飯は無しよ。何を間違えたのか、二度と間違えなくなるまで勉強してきなさい!」

「はい……」

 やっぱり、今日もなしか……。



 次の日、私はまた呼び出された。今日も蹴られた。昨日よりひどかった。今日は、おなかも背中も蹴られたし、腕を踏みつぶされた。なにか喋ってたけど、それどころじゃなくて、聞こえなかった。時間がなくて、るるちゃんのところへは行けなかった。


 放課後になって、るるちゃんに会いに行った。いつもこの辺に…………あ、いた。

「るるちゃ……って、ええ!? また割れちゃったの? 今度は……」

 背中に腕、おなかの部分も昨日よりひどくなってる……。それに…………。これはもう、偶然じゃない。私が怪我した部分だ。どういう原理かは分からないけど、でも、るるちゃんが怪我したのは、私のせいだ……。何とかしないと……。

「るるちゃん。職人さんを呼ぶからここで待ってて。あと、職人さんの前では動かないでほしいの。じゃあ、行ってくるね」

 向かおうとしたら、

 腕を掴まれた。びっくりして後ろを振り向くと……るるちゃんが私の腕を掴んでいた。

「るるちゃん? なんで引き留めるの? このままじゃ、るるちゃんが壊れちゃうよ……?」

 そこまで言って気づいた。そうか……るるちゃんは、職人さんで治せないんだ。それに……私とるるちゃんが繋がっているのなら……まるで…………

「まるで、私が壊れちゃうみたいじゃない……」



 その後のことはよく覚えていない。気づいたらここにいた。我ながら都合がいいと思う。……もし、るるちゃんと繋がっいるとしたら、もうどうにもできない気がする。少なからず、私がこの状況をどうにかしないといけない、ということになる…………無理だ。そんな勇気、どこにもない。でも、このまま放っておくわけにもいかないし…………もう、どうしたらいいのか分からない。




「んん……あれ、ここは……?」

 目を覚ますと、見慣れない光景が広がっていた。地平線すら見える広い空間に、映える花。よく見るとこれは――

「ヒヤシンス……!」

 私が1番好きな花だ。紫のヒヤシンスだから、この空間によく映える。それにしてもここ、どこなんだろう……? 昨日は私の部屋にいた。そして、寝て起きたらここにいた。これも夢なのかな……? 夢で夢を見るなんておかしな話だけど……って、あれは夢じゃないか。流石に夢にしては生々しいし、ちゃんと痛かった。ここも夢じゃないとか……? ……あっ!

「おーい! るるちゃーん!」

 遠いところにるるちゃんがいる!

 私は駆け足で駆け寄った。……って、るるちゃん、何か持ってる? なんだろう……まあ、いっか!

 私はなんだか嬉しくなって、るるちゃんに飛びつこうとした。るるちゃ――

「もう、大丈夫だよ」


――――ありがとう――――



 そして、気がついたら自分の部屋にいた。夢から覚めた、なんてものじゃない。現実に引き戻された。このほうがしっくりくる。最後に見えたのは、聞いたのは、間違いなくるるちゃんだった。声なんて聞いたことがない。けど、絶対そうだ。あの言葉はなんだったんだろう……? あの時見たるるちゃんは、割れてるところなんてなくて、そして見えてしまった。薄くて見えなかった顔が。……るるちゃんの顔は――私そのものだった。それに、るるちゃんが持っていたものは、青い花――勿忘草わすれなぐさだった。それに、気づいてなかったけど、私の傷も、全部ない。傷なんて最初から、なかったかのように。結局何もわからなくて、私は学校に行く準備を始めた。


 学校に行ってから、おかしなところが少しあった――いや、全然おかしかった。

 まず、蹴られた子に謝られた。いつかのメロンパンも帰ってきた。それから、見て見ぬふりだった先生が、話がしたいといって――また謝られた。今日は、化学のテストが帰ってきた。平均78点。私は94点。絶対に怒られる……。帰りたくない……けど、帰らなきゃいけない。重い足取りで帰路についた。

 帰ってテストを見せる。怒号を身をすくめて待っていると――――褒められた。普通にびっくりした。ご飯もあった。


 とまあ、不思議な一日でなんだか違う世界にいるみたいだった。そして、何よりも不思議で、今までのことより耐えきれないのが………るるちゃんに会えないことだった……。あの場所に、あの時間に行っても、るるちゃんに会うことはなかった。次の日も、その次のも。繰り返される日々すべてに、るるちゃんはいなかった。

 最後に言われたあの言葉。最後だと分からせるあの言葉。もう、るるちゃんには会えない。きっと。ずっと。もし、るるちゃんがいなくなって今の生活を手に入れたのなら、この生活はいらない。だけどもう、会うすべがない。


 気づいたら私の頬に、涙がつたっていた。

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