第14話

 僕とお姉ちゃんは常に軽い関係だった。


「そっちの僕ってどうなっているの?」


「何も問題なく保存されている。そっちの世界とこっちの世界は時間の流れる速度も違うから問題なくこっちの方に戻ってこれる」

 

 僕の疑問に対してはお姉ちゃんから実に頼もしい言葉が返ってくる。


「……そう」

 

 僕はお姉ちゃんの言葉に頷く。

 

「それじゃあ……」


「ま、待ってッ!?」

 

 僕の続く言葉を半ば察したヘラが大きな声を上げる。


「ヘラ。僕は元々この世界の人間じゃないんだ。大人しく、この世界を去るのが正解なんだよ」

 

 僕はヘラと正面から向き合って真っ直ぐに自分の言葉を伝えていく……彼女を認めさせるのを、ラミアなんかに任せていいわけがない。


「「……」」

 

 ラミアとお姉ちゃんからの視線を浴びながら僕はヘラへの言葉を続ける。


「ごめん……ずっと、君と真正面から向き合ってこなくて」


「……良いの、そんなことはッ!!!」


「そんなことじゃない……最後なら、これはいうべきだろう?」


「最後なんかじゃないッ!?私が、私がアルスをちゃんと釘付けにしたときにそれをッ!」


「……そんな時間なんてないんだよ」


「どれだけ短くたって……ッ!!!」


「僅かな時間のために世界そのものを犠牲にするわけにはいかないよ」


 理路整然と語っていく僕と感情論で語っていくヘラの道が交わることはなくただただ言葉だけが乱雑に並べられていく。


「アルスは私のことなんて、どうでも良いの!?」


「……そんな、わけはないだろう……ッ」


『……』

 

 僕は少しばかり歯を食いしばりながら言葉を漏らす。


「勝手な、ことはわかって……いる、でも、お願い」


「……嫌、嫌、嫌ァァァアアアアアアアアアアアア!!!」

 

 わかっているだろう。

 ヘラも、それでもなおも彼女は抵抗し続ける。


「アルスのためなら世界を犠牲にしたって良い!!!死ぬことなんかよりも、アルスといられなくなることの方が怖いッ!!!」


 ヘラは叫ぶ。自分の思いのたけをどこまでも。


「……」


 それに対して僕はしばらくの間沈黙し、わずかばかり悩んだ末に口を開く。


「……ねぇ、ヘラ」

 

 わかっている。

 これから告げようとしている僕の言葉がどれだけ卑怯なのかを。


「君は、自分の愛する男に、さ……」

 

「……アルス?」


「死より怖いことを強いるの?僕の最愛となった後で、僕の元を去るの?世界と君を殺したという罪悪感を、最愛の人を殺してまで生き残る恐怖と共に僕が生きるのを、ヘラは強いるの?」

 

 ヘラが言ったはずだ。

 死ぬことよりも最愛の人を失う方が怖い、と───ならば、その死よりも怖い事実を僕に押し付けるのか。

 糾弾するかのように僕は、静かに話す。


「……ッ!?」

 

 ヘラの瞳が驚愕に震える。


「僕にとって君は最愛の人じゃない」

 

 今にも泣きそうなヘラに僕はどこまでも残酷に言葉を告げるのだった。

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