第9話

 ラミアが受け取った短剣が僕の首元を引き裂いて一つの命が終わる。


 ここに鮮血の花が咲く──はずだった。


 今まさに僕の首元を切り裂くはずだった短剣が地面を転がり、僕の体が地面へと押し倒される。


「……なん、で?」

 

 本来であればここに居てはいけない人物。

 ヘラに押し倒された僕は彼女の表情を見上げた呆然と呟く。


「馬鹿ぁぁァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」

 

 そんな僕に対してヘラはただ一言、僕への罵倒を口にする。


「私を置いて死ぬなんて許さないわッ!貴方は私とずっと一緒なのよ!」 

 

「……そ、それは、無理なんだ……なぜなら」


「全部聞いていたわ。異世界がどうとか、よくわからないところもあったけど、要は貴方という存在そのものがこの世界にとって害悪で生きていたらダメなのでしょう?」


「……そう、だ。それだけわかっているなら……ッ!」


「だから何なのよ。知ったことじゃないわ。貴方のいない世界なんて意味がないわ。貴方が死ぬよりも世界が壊れる方が良い」


「……そんな、そんな軽く考えていて良い話じゃないんだ」

 

 僕はヘラから視線を外して言葉を続ける。


「世界の魂は循環する。命ある者はその世界の中で何度も生まれ変わる。そこに例外はなく、イレギュラーはあっちゃならない。だけど、僕というイレギュラーが生まれしまった。輪廻転生の外にいる僕は生きているだけで世界のバランスを崩し、世界の均衡を壊してしまう……それどころか、輪廻転生と言う制度自体を壊してしまう。救いなき輪廻転生の外れた魂たちは永遠に世界を彷徨い、苦しみ続けることになる……僕は、分かっていたんだ。どこかで」

 

 僕はお姉ちゃん程とは言わなくても天才だった。

 魔道具の研究の中で輪廻転生の仕組みも見つけていたし、魔導の天廻の目的を探る上で何故、彼女たちが何の罪も価値もない孤児院を壊滅に追い込んだのかも。

 すべて理解して、その上で見ないようにしてきた。


「その点、孤児院の子たちをラミアたちが殺してくれてよかった……僕によって生まれた歪があの子たちを殺してしまっていたら……輪廻転生から彼女たちも外れるところだった。僕の手で殺すなら良いけど、僕の生み出した歪によって殺されちゃうのは……そ、そうだ!ヘラ!?君の体調は!!!」

 

 これは僕の罪なのだろう。

 だから、僕一人ですべてを終わらせる。


「ヘラもかな」


「うっさいッ!!!良いから貴方はそこで黙って私に守られていなさいッ!」

 

 だが、そんな僕の言葉をヘラはかき消す。


「構わないわ!永遠の苦しみにあおうとも貴方と少しでも長く生きられるなら!貴方のためなら世界だって犠牲に出来るッ!」


「そ、そんなの駄目に決まっている!?傲慢にも程がある!それに、な、なんで……僕にそんな拘るの!?」


「そんなの好きだから決まっているじゃない!愛する男と暮らすことを願って何が悪い!!!」


「……えっ」

 

 僕はヘラの口から飛び出してきた愛の言葉に硬直する。


「貴方が死ぬなんて許さない……ここで見ていなさい。貴方を誑かす女なんて簡単に倒してくるわ」


 倒れこむ僕の上からヘラはゆっくりと立ち上がる。


「……私に、興味なかったアルスは知らないかもしれないけど、私だってそこそこ強いのよ」

 

「……ヘラ」

 

 僕はラミアへと向かっていくヘラの姿をただ黙ってみていることしか出来なかった。

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