第三章

プロローグ

 僕は生まれながらに恵まれていたと思う。

 アインシュタインやラマヌジャンを超えるほどの大天才を姉に持ち、それでもなお両親は姉と変わらぬ

 しっかりとした良識を持ち、金にも困らない両親の元でぬくぬくと愛情を注がれて育っていた。

 私立の小中高一貫校に通い、そこで何の苦労もせず優等生として過ごせている。

 僕は何の苦労もなく成功者としてその生を終えることが半ば生まれながらに決まっていたのだ。


「……だけど、ずっと暇だった」

 

 生まれながらに恵まれていた。

 何も困ることなく、何の壁にも当たることなく。

 それでも、絶対に超えることの出来ない壁が常に自分の前にあった。


『……ねぇ、私の事嫌い?』


『そんなことないよ。僕はお姉ちゃんのこと好きだよ?お姉ちゃんも好きでしょ?』


『……うん、私も好きだよ。私の全てって言えるくらい。だから、思っちゃうんだよね。いつも暇そうだなって』


『それだけ僕が恵まれているってことだよ。ふふっ。お姉ちゃんだったらいくらでも僕を実験体にしていいからね?その代わりに僕の生活はずっと保証してね』


『……うん、もちろんだよ』


 そうただただ暇だった。

 何よりも恵まれ、努力しても超えられぬ壁を知り、将来も約束されていた僕は特にやることもなく、特に何かに感情が動かされることがなかった。

 自分の親友が通り魔に刺殺されたときも、自分の母親が病死したときも、何も思わなかった。

 何も心動かされなかった。

 僕は、ずっと生きているという感覚がなかった。

 

 ───

 ──────


 だからこそあの日、前世の感覚を引きずっていた異世界でのとある日に。


『……だ、いじょうぶ?アル、ス』


『お姉ちゃん?』


 自分を守ったことで倒れたお姉ちゃんを見てすべてが変わったのだ。


『……』

 

 自分の前で倒れる今世のお姉ちゃん。

 前世の価値観のせいで完全無欠で自分を一生守ってくれると思っていたお姉ちゃんが倒れたそれは今まであった僕と言う存在を消したのだ。


「……あぁ、木々が騒めいている。そっか、僕はまだ生きているのか」

 

 一度死んでも得られなかった生の実感。

 生きていると明確に認識したあの日、間違いなく僕は生まれ変わったのだ。

 

 ■■■■■


「ふふっ。今日もお見舞い来たよ」

 

 僕は今も寝たきりになっているお姉ちゃんが眠っている病室を訪れ、口を開く。


「僕も想像していなかった形で学園に入学することになっちゃったよ。本当は学園に入学するよりも前に治してあげたかったんだけどね……ちょっと不安かなぁー、友達はちゃんと作れるかな?」


 病室の窓から見える夜空に浮かぶ月は分厚い雲によって隠されている中、僕はお姉ちゃんの横たわるベッドへと腰を下ろし、何も言わぬお姉ちゃんへとしばらく声をかけ続けるのだった。

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