第183話 中央の動き

 軍事力を背景に村をコボルト達から取り上げるつもりでいた地方軍は、村を攻めるどころか、自分達が攻められ全滅に近い状態で退散することとなった。


 セイレイン王領王都から出陣した時は、騎兵百、歩兵・糧秣隊含めて四百、計五百という村一つを攻めるには大袈裟と思われる数であったが、緩衝地帯から戻ってきた兵士は、騎兵十五騎、歩兵・糧秣隊百十二名、計百二十七という大敗である。


 さらには、指揮官、副官は戦死、その側近達も戦死しており、事の詳細を語れる者はほぼ皆無であった。


 逃げ延びたのは、ほとんど下っ端の兵士だけであり、その兵士達が語る内容も、情けないものであったから、軍も戒厳令を敷いたほどである。


 というのも、本陣では、裏切者がいるという流言飛語のもと、同士討ちをはじめ、その混乱の中、コボルト達が攻めてきたのだという。


 つまり、その報告通りなら、地方軍はコボルト達を前に自滅したことになる。


 これには、セイレイン王家も怒りに震えるのであったが、指揮官の失態として後日発表されることになった。


 そして、こうなると、コボルトの村の扱いであるが、これには国内から賛否の声が上がる。


 それは、地方軍は緩衝地帯のコボルトの村を滅ぼし、そこに人を移住させる計画であることを公然と告げながら出陣していたから、その行為を非難する者が多かったのだ。


 緩衝地帯へは、コボルト達を半ば奴隷のように強制的に移り住ませたことを世間は知っていたし、それは差別の対象であるコボルトだから、「コボルトなら仕方ない」という風に考える者は多かった。


 しかし、そこに今度は人を住まわせるとなると話は変わってくる。


 そんな貧乏くじを引きたい者はまずいなかっただけに、手のひらを返してコボルトにした仕打ちをあげつらって非難を始めたのであった。



「民衆から非難の声が上がっております。それに、戦死した遺族もコボルトに負ける采配をした指揮官とそれを任命したセイレイン王家を非難する者がいるようです」


 部下からその報告を受けて、セイレイン王領を支配する王族は、嫌そうな表情を浮かべた。


 セイレイン王領王都の王宮には、中央王都に住むことを許された王族以外で、ハズレを掴まされた王族が支配している。


 王族の中でも末端であり、次の世代の王が立てば、すぐに王族から外れるような親戚筋にあたる者だ。


 そのセイレイン王領を任されているのは、ザイン・セイレインという人物であり、セイレイン王族代理爵位という地位にある。


 本来の王族はみな、中央王都に移り住んでおり、そこで贅沢をしているのだが、王族代理爵位のザインは、決まった報酬と制限のある権限のもとでセイレイン王領を治めている。


 その権力は微妙で、軍の命令も中央王都の王族に許可を取らないといけないし、税金についても中央に打診しないといけない。


 つまり、王族でありながらやっていることは地方行政官とほぼ変わらないのである。


 ザインの動かせる軍も数が決められており、それは反乱を起こさせない為ではあるが、あまりにも権力が中央に集まり過ぎているのが現状だ。


 地方軍の派遣はザインの裁量で五百を出したが、指揮官の命名権は中央の王族であり、負けたら責任はザインに押し付けられ、勝てば中央の王族の名声となるというのが、現状であった。


 ならば、多少の贅沢は許されているのかというと、これも違う。


 贅沢をして浪費すればすぐに中央の王族に報告が上がることになっている。


 つまり、王族は報告される予算が少し増えれば注意されるし、大きく増えれば収賄を疑われてその任を解かれ、処罰対象になるのだから、この職務がいかにハズレであるかがわかるだろう。


 ザインは名ばかりの王族であったから、そのハズレを引いて王族代理爵位という地位についている。


 そして、地方軍が大損害を受けた為、ザインはその後処理をしなくてはならない状況になっていた。


「遺族には予備予算から弔慰金を出しておけ。それで遺族は静かになるだろう。コボルトについては、中央にお伺いを立てる。指揮官が悪かったと言っても五百もの地方軍がほぼ全滅するのは、コボルトもそれなり戦えるということだ。これを放置しては中央の権威が疑われる事態だと報告するのだ」


「よろしいのですか!? その内容だとセイレイン王家だけでなく他の王家もお怒りになるのでは?」


 部下はザインの言葉に驚くと、上司の心配をする。


「事実は事実だ。そうしないと、どうせまた、地方軍を動かせという命令をされるだけだしな。今度はその倍を動かして討伐せよ、とか言われることになっても、五百を殲滅する程のコボルトだぞ? そんな相手に戦って勝ったとしても、被害はまた相当出るだろう。それならば、中央を動かして、中央軍の精鋭を出してもらう方が、被害は最小限で済むというものさ」


 ザインは、自分の首が飛ぶかもしれない状況で、このセイレイン王領の被害を最小限に抑える方法を考えていた。


 彼は、今の地位で出来ることをそれなりに行っている人物なのだ。


「……わかりました。そのように書類を作成いたします」


 部下はザインの命令に従うと下がる。


「はぁ……。私の地位もこれで終わりか。まあ、王家の親戚という立場のお陰で人脈は結構作れたから良しとするか……。今の地位を剥奪されても食うには困らないくらいの蓄財はしているしな。まあ、王家に知られたら没収されるだろうから使えるのは少しずつになるだろうが……」


 ザインは愚痴を漏らすと、書類整理に戻る。


 その中にコボルトの兵数予想が、記されたものがあった。


「兵士数だけで二百くらい? 地方官吏の報告では、あそこの村は、老若男女合わせても貧困にあえぐ五百名くらいのはずだっただろう? いつの間にそんな数を養える村に発展しているんだ……。やはり、地方のコボルト達が村に流れているのかもしれない……。王家の意向とはいえ、コボルトとの数は多い。それを迫害し続けると、いつかケツに噛みつかれるぞ?」


 ザインは心配を口にすると、山積みの被害報告書を処理していくのであった。



「セイレイン王領王都の仲間から報告があったワン! 王族代理爵位のザイン・セイレインが中央王都に中央軍による討伐嘆願書を提出したらしいワン!」


 コボルトの連絡員が、村長ドッゴ、相談役オルデンにそう報告する。


 そこには、コウもいた。


「! コウ殿の言う通りの展開になっているワン……。──中央軍は、ヘレネス連邦王国の精鋭中の精鋭と聞くワン。大丈夫ですかワン?」


 村長ドッゴが腹を括った様子であったが、一応、コウに今後の戦略と勝算を確認する。


「相手の数にもよりますが、司令官やあちらの出方でこちらの戦い方も変わってきます。次は、僕達ドワーフ部隊も動きますのでみなさんは引き続き訓練をお願いします」


 コウは、いよいよ敵の本命が動くということで、コボルトの者達や街長であるヨーゼフ達と話し合いをして出来ることを進めることにするのであった。

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