第162話 高原の建築ラッシュ

 エルダーロックの街は、その急速な発展を遂げているのではないかという疑いを一部の者から疑われる状況にある。


 しかし、場所が辺境ということで、好き好んで赴きそれを確認しようとする者は稀有だ。


 実際、視察と称して隣領の代官が騎士団を派遣してきたが、当人は来なかった。


 この視察に関しては街長のヨーゼフと案内を務めたコウにより、うまく誤魔化すことができた。


 だが、このまま順調に発展していけば、それも隠すことができなくなり、バルバロス王国は脅威と感じ、警戒されることになるかもしれない。


 それ以上に、隣国のヘレネス連邦王国が外交問題にする可能性もある。


 だからこそ、街長ヨーゼフは人口の分散化を図ることにした。


 これは、現在、中心地であるエルダーロックの街を、存在が知られていない建設中のエルダー高原村(仮)や、トンネルで繋がっているコボルトの村などと発展を共にしていくというものだ。


 幸い緩衝地帯になっているアイダーノ山脈地帯は、険峻な山々が多いことから国境を示す線引きの役割をしており、国々もわざわざ隣国の感情を刺激してまで欲しがる土地ではない。


 だが、そんな土地もコウ達ドワーフにとっては、文字通り宝の山であった。


 山々の間に隠れて存在する高原なども、国々に知られることもなく、手つかずだったし、二足歩行の蜥蜴、ヤカー・スーのような魔獣の生態も未知のままであったのだから。


 通常なら、険峻な山々が連なる土地に住もうというのが、大変なことであるものの、コウ達はそこで住む術を見つけつつある。


 それに、コウの知識がその後押しをしていたから、街長ヨーゼフの計画も実現可能なものになっていたのであった。



 エルダー高原に、木材を金槌で打つ乾いた音が無数に鳴り響く。


 設計図通りに道をゴーレムに整備させ、そこを中心に家々が建築されていた。


 村の設計図を依頼されたのは、デザインを得意とするエルフのアルミナスとその彼女、猫人族のキナコであったが、街長ヨーゼフやコウ達幹部の意見を聞きながら、とても機能的な設計図が引かれ、それをしっかり形にしつつある。


「それでは、今日から、村を囲む防壁を作っていきます。整地はすでにゴーレム達が行ってくれていますので、そこに沿ってお願いします」


 エルフのアルミナスが、野原に設置した机の上に図面を広げて、現在地を指差し、防壁予定地を指し示す。


 土魔法が得意なコウ達がそれを見ながら、実際の土地と見比べて頷く。


「じゃあ、みなさん。班に分かれて各自担当の防壁作りを行いましょう。担当の防壁を早く築いた班は、今晩の夕飯によく冷えた麦酒がご褒美として各自三杯ずつ飲めますよ! 二位が二杯、三位チームが一杯ずつです。それ以下は自腹で飲んでください!」


 コウがドワーフに発破をかけようと、そう提案する。


 すると、お酒大好きドワーフだけでなく、獣人族達のチームも、


「おお! あの冷えた麦酒が飲めるのか! 俺達も負けねぇぞ!」


 と盛り上がった。


 ただでさえ、数に任せた物量での防壁建築であったが、これにより活気づいた住人達によって、あっという間に完成することになる。


 さすがに、一日でとはいかなかったが、それでも、わずか五日で村を囲む防壁は完成するのであった。



「「「乾杯!」」」


 村に早速作られた食堂では防壁建築で最終日、連日一位を取っていたダンカン達、髭なしドワーフグループが、麦酒を片手に乾杯の音頭を取っていた。


 食堂内は満席で大盛り上がりである。


「ダンカン達のチーム、一人一人の土魔法の正確さもだが、連携がまた凄いんだよな」


「わかる。凸凹の削り方や、ミスっているところの補修が早いんだよ」


「うちのチームは初日にあいつらの手際の良さを見て、二日目からは二位狙いに切り替えたね」


「お前のチーム、最終日の三位が最高順位じゃねぇか!」


 防壁建築競争を連日行った同志である。


 すでに意気投合しており、賞賛と賛同、冗談とツッコミで笑いが各テーブルで起きていた。


「なんと言っても、やっぱり一番凄かったのは、『半人前』のコウだったがな」


 一人のドワーフが、この五日間、一人特別枠で防壁建築を行っていたコウを称賛した。


「確かに、コウ殿はエルダーロックの英雄と言われるだけあって、とんでもない速度で防壁作っていたなぁ。──あ、でも、なんで、『半人前』と言われているんだ?」


 最近、街の住人になっていた犬人族の男が、コウのあだ名が気になっていたのか、この際だからということで聞いてみる。


「なんだ、知らない奴がまだいたのか? コウのあだ名は、だな──」


 エルダーロックの誇りになっているコウについて、誇らし気にドワーフが説明する。


「へー! あの英雄コウ殿も子供時代は苦労したことがあったのか……! なるほどなぁ。努力次第で俺達も化ける可能性があるっていうのは、希望が持てるぜ……!  ──これは俺も頑張らないといけない」


 犬人族の男はコウの『半人前』と呼ばれる所以を聞いて熱く感じるものがあったのか、麦酒を一口飲んで心新たに頑張ることを誓うのであった。



「あははっ……。なんか僕の『半人前』だった黒歴史が、美化されていない?」


 コウはお酒で顔を赤らめながら、一緒に飲んでいる一番の友人であるダンカンに聞く。


「人の記憶程いい加減なものはないってことだ。だが、これまでの努力があるからこそ、連中のコウに対する記憶も塗り替えるくらいに影響を与えているのかもな。もう、あの時のコウはいない。それに、今の、お前が全てだろ! わははっ!」


 ダンカンは親友としてコウの今を評価する。


 過去は過去、それを今にどう繋げているかが大事なんだ。


 コウはダンカンの言葉にそう考えると、手にした木のコップの中身を一気に飲み干すのであった。

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