第152話 料亭『金獅子』での再会

 高級料亭『金獅子』で、契約の祝いをすることになったコウ一行は、奥の部屋に通された先に、見たことがある金髪に青い瞳の高貴な人物がいた。


「なんで、オーウェン王子殿下がここに!?」


 コウは驚いて当然の反応をした。


「それはこっちの台詞だ。俺が食事していたらお前達がやってきたんだろう。まあ、店員からお前達が来たというので、ここに通させたのは確かだが」


 オーウェン王子はそう言うと、笑う。


 どうやら、店員は王子が食事中だったので、前回も一緒だったコウ達が来たことを気を利かせて報告したらしい。


「あはは……、僕達はお祝いついでにここへ来たので、食事を邪魔する気はありませんでした、すみません。それでは失礼しますね」


 コウはそう言うと、ヨースの腕を引いて部屋から出ようとする。


「まあ、待て。この時間の『金獅子』は特別な客用の部屋しか空いていないから、お前達に用意するのは難しいだろう。だから、ここで食べていけ。祝いなんだろう? 俺が奢ろうじゃないか」


 オーウェン王子はそう言うと、黒髪、黒い目の側近セバスに視線を向けた。


 セバスは心得たとばかりに脇に寄せてあった椅子をコウ達用に並べ始める。


「あ、自分でやります!」


 コウはセバスから椅子を受け取ると、円卓に沿って椅子を並べるのであった。



「王子殿下がいてくれて助かったぜ」


 ヨースは机一杯に並べられた美味しい料理に舌鼓を打ちながら感謝の言葉を口にした。


「今は、冒険者ではないんだぞ。殿下への口の利き方には気を付けよ」


 護衛騎士のカインは少し、むっとした表情で注意する。


「カイン、ここで気を遣われても俺が疲れるからいい。それに刀の件ではコウ達には世話になったからな。──それよりも祝いということは、近衛騎士団の仕事を引き受けたのか?」


 オーウェン王子はコウ達の祝いが、何かをすぐに察して聞いた。


「えっ? 何で知っているんですか?」


 コウは食事の手を止めると、驚いた様子でオーウェン王子に聞き返す。


「はははっ。その時の決定会議に俺も王族代表で居合わせていたからな。──だが、大丈夫か? 『コウテツ』ブランドには職人が少ないだろう? だから断るとばかり思っていたのだが」


 オーウェン王子は以前、自分用の刀を作ってもらった際、実際コウ達の職場まで足を運んでいたから、多少は事情を知っており、心配していたようだ。


「ご心配ありがとうございます。それについては、問題ないですよ。イッテツさんやドワーフの職人達をはじめ、他にも他所から移籍した一流の職人になんかもいます。あとは安定して働ける者(ゴーレム)もいますし」


 コウは心配してくれていたことに感謝しつつ、問題がないことを簡単に説明した。


「し、心配なんかしてないさ! それよりもエルダーロックのことが気がかりなんだが大丈夫か?」


 オーウェン王子はコウに感謝されると照れ隠しか話題を変更した。


「エルダーロック、ですか?」


 コウは意味が分からず、首を傾げるとヨース達に視線を向けた。


 視線を向けられたみんなも、理由がわからず首を傾げる。


「まあ、わからなくて当然か。ダーマス伯爵が処罰されたのは知っているだろう? そのことがあって、現在、あの領地は王家預かりになっている。近いうちに直轄領として組み入れて代官と王国騎士団が入ることになっているのだが、エルダーロックの存在についてある噂が貴族の間でも囁かれるようになっていてな」


「「「ある噂?」」」


 コウ達は一層、理由がわからないとばかりに聞き返した。


「これはダーマス元伯爵の擁護派から一時期指摘されていたことなんだが、エルダーロックが急速に発展しているから危険だとか、その理由が隣国からの支援を受けているからとか、陰謀論も噂されているのだ」


 オーウェン王子は実際にエルダーロックを訪れ、その発展を目の当たりにしている一人であったから、それが荒唐無稽なものではないことを知っていた。


 それだけに、陰謀論についてはないとわかっているつもりだが、口にせずにはいられなかったのである。


「「「隣国から支援!?」」」


 コウ達は根も葉もない陰謀論に驚くしかない。


 確かにエルダーロックは村から街の規模になり、その発展速度は目を見張るものがある。


 だがそれは、エルダーロックの住人達の努力の結果であり、それと同時に迫害を受ける異種族の者達が街に多数移住してくることで発展に繋がっているのだ。


 だから、全くの出鱈目なのだが、それでも理由を知らない者が外からエルダーロックを見れば、そう映るのかもしれない。


「もちろん、そんなことはないと知っているのだがな。今は噂の領域だが、旧伯爵領入りする代官と王国騎士団によって、もしかしたら噂の真相を調査する時がくるかもしれないから、その時は対応を間違えるなよ?」


 オーウェン王子は真面目な表情で警告した。


「(ゴクリ……)わかりました……。でも、非公認とはいえ自治区なので他所と交易することも自由ですよね?」


 コウは念の為、確認する。


「まさか、ヘレネス連邦王国と交易をしているのか!? ……確かに、自治区なのだからそれ自体は問題ない。だが、しかし、あちらもうちへの当てつけとして、緩衝地帯に異種族の村を作らせているという情報が流れて来ているからな。エルダーロックは慎重に動かないと本当にヘレネス連邦王国に利用されるかもしれないぞ?」


 オーウェン王子は、この小さい友人達の身を案じてか再度警告した。


「ヘレネス連邦王国とは交易どころか交流もないですが、その異種族の村とは交流があるんですよ。それは問題ないですか?」


 コウはオーウェン王子が驚くことを報告した。


「何!? それは大丈夫なのか!? 場合によっては、敵に情報が流れている可能性もあるのだぞ!?」


 オーウェン王子はコウの報告を聞いて驚いた様子で詰問する。


 だが、オーウェン王子の心配も当然だろう。


 警告したばかりで相手と接触していることが発覚したのだ。


 本当に心配が形になるかもしれないと慌てても仕方がない。


 だから、コウは、コボルトの村の誕生から、担当の地方役人とのトラブル、そして、その役人が盗賊を使って村を襲わせ、弱体化を図ろうとしたらしい憶測も伝えた。


「……そういうことか。それなら、こちらにとっては都合がいいかもしれない。だが、そのコボルトの村は本当に信用できるのだな? ──そうか……。しかし、だからと言って、いきなり裏切られることがないように気を付けてくれよ?」


 オーウェン王子はコウの説明を聞いて安堵した様子でそう答える。


「おいおい、王子殿下。俺達は緩衝地帯で一つにまとまろうとしているんだから、王族としては安堵したらいけないだろう?」


 ヨースが笑って冗談っぽく指摘する。


「そうだったな。だが、そのことについては俺はどうでもいい。以前にも言ったが、俺は形ばかりの第三王子だからな。まあ、最近、陛下から名指して公務を任せられることも少しは増えたが、それは第一王子の王太子任命前にその足元を固めさせようってことで、必要のない公務を俺達に割り振りしてるだけだ」


 オーウェン王子はつまらなそうに答えた。


 彼の中には半分エルフの血が流れているから、人族の純血を大事にする王族の中でも異端扱いなのだ。


 それだけに、王家に対する思いも他とは多少違うのであった。


「はははっ! 今のは聞かなかったことにしますよ。というかお互いここでの話は全て聞かなかったことにしましょう!」


 コウは笑ってそう答えると、美味しい料理を肴に手にしたお酒を飲み干すのであった。

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