第144話 取引の為の旅へ

 エルダーロックの街の新たな収入源になろうとしている『鉱椒』を王都の香辛料組合で取引する為に、コウは大鼠族のヨースの護衛兼運搬係として同行することになった。


 そこには当然とばかりに同居人であるダークエルフのララノアと街長の娘カイナもいる。


 もちろん、コウは剣歯虎サーベルタイガーのベルに跨り、ヨースとララノア、カイナの三人は、今回初めて二足歩行の蜥蜴であるヤカー・スーに騎乗することになった。


 当初、なるべく秘密にすることが決まっていたヤカー・スーであるが、ダーマス元伯爵の襲撃部隊を壊滅させたことで、謎の部隊をドワーフが保持しているという話が王都の貴族の間でも囁かれ始めているという話をヨースが掴んでエルダーロックにも伝えていたので、街長ヨーゼフが段階的に公開していった方が良さそうだと、決定したのだ。


 と言っても、別に売り出すとかではなく、認知度を上げようというだけの話であり、剣歯虎のベル同様、ヤカー・スーも魔物使いによって従属した魔獣扱いで通すことにしている。


 実際、ヤカー・スーは魔獣ではあるのだ。


 ただし、気性が大人しく利口で乗りやすさは馬以上、速度も力もかなりあるので、それを知ったら欲しがる者がいそうである。


 そういったことについても、対処できる者達ということで、今回は、特別にコウ一行のみが様子見ということで、騎乗することになったのであった。


 王都までの道のりは剣歯虎に跨ったベルを先頭にヨース、ララノア、カイナが続く形で進む。


 余りに速度が速く、馬車も追い抜いていくので街道では好奇の視線にさらされる形ではあったが、流石に誰も話しかけてくる者はいなかった。


 騎乗しているのが、緑色の頭の少年に大鼠族、ダークエルフと魔法使い姿の小柄女性という組み合わせで怪しさ満点だからである。


 だが、いざ、宿泊の段になると、食堂でお酒の入った商人達が、大鼠族のヨースに声を掛けてきた。


「あんたの乗っていたアレ、なんていう魔獣なんだ? 馬とどう違う? どこで入手した? 乗り心地は? 値段はいくらぐらいするんだ?」


 という感じで質問攻めにあう。


 ヨースは慣れたもので、


「あれはヤカー種さ。俺達の乗っているものはその辺の寄りはかなり大きいが、他の質問には答えられない。売り物じゃないからな」


 少し情報提供をして怪しいものではないことくらいは伝え、それ以上は話さない。


「あー、あれヤカー種なのか! そういや、遠方では大きなヤカー種がいると聞いたことがあるな」


「それにしたってでかくないか? 俺が聞いたヤカー種は俺の胸くらいまでしかないから人なんて乗れないぞ?」


「俺は、剣歯虎に騎乗しているだけでびっくりだけどなぁ。あれって『山の殺し屋』の異名を持つ魔獣だろ? それを従魔にしているということはとんでもないクラスの魔物使いじゃないのか?」


「お前、王都に行ってみろよ。剣歯虎クラスどころか中には小竜を従わせている魔物使いもいるぞ」


 商人達はヨースの少しの情報を肴に飲みながらそんな会話を始めた。


 これが、周囲に広まり、認知されていくことになるだろう。


 ヨースはコウ達にウインクすると、部屋に戻ることにするのであった。



 その日の深夜。


 何事があったのか、剣歯虎のベルの威嚇する鳴き声が、部屋で寝ているコウの耳に飛び込んできた。


 コウはすぐに目が覚めて起き上がると、音のする方に駆け寄って窓を開き、上の階から厩舎を確認する。


 ベルのいる厩舎に一瞬人影が見えた。


 コウの部屋は二階だったが、厩舎の出入り口までは近いのでそのままそこから飛び降りた。


 そして、着地した場所から厩舎の扉は正面にあるので中がはっきり見える。


 中からランタンの明かりが見え、それに照らされた見知らぬ三人の男がヤカー・スーを盗み出そうとしていた。


 しかし、それも剣歯虎のベルに阻まれていたから、小さい声でそのベルを窘め、手にした肉の塊で気を引こうとしているようである。


「うちのヤカーに何をするつもりですか……?」


 コウは寝起きで不機嫌なこともあり、馬泥棒ならぬ、ヤカー泥棒に対して高圧的に問うた。


「ちっ、ガキに気づかれたぞ。人を呼ばれる前に、そいつの口を塞げ。お前は剣歯虎にとっとと肉を食わせないか! その間に俺が一頭を外に連れ出すからな」


 指示役の男がそう言うと三人の役割分担を口にして、ヤカーの手綱を引こうとする。


 その間に、コウへ一人の男が掴みかかった。


 コウは、その男の手首を掴むと、そのまま力任せに引っ張って出入り口の柱にぶつけ、その衝撃で気を失わせる。


 そして、コウは早歩きで迫ると、ヤカーの手綱を掴んで強引にヤカー・スーを引きずり出そうとしている男の手首を掴む。


「おい、お前ら何をしているんだ、ガキがこっちにきたじゃな──」


 ヤカー泥棒の指示役は、コウに手首を掴まれたので、振り向く。


 すると、そこには柱に顔をぶつけて気を失った仲間が視界に入る。


 その次の瞬間であった。


 メキメキ……!


 指示役の男の手首がコウによって力強く握りしめられる。


「い、イタタ……、痛い! 手首が潰れる! 離せ! 離してください!」


 指示役の男が悲鳴を上げると、ベル相手に肉で気を引こうとしていた男は、仲間が大変なことになっていることに気づいてギョッとする。


 そして、逃げ出そうとすると、ベルが肉ごとその手に噛みついた。


「ぎゃっ!」


 肉を持っていた男は手が食いちぎらせそうになり、慌ててベルの口から手を抜こうとするが、ベルは噛みついたまま離さず、それどころか頭を振って牙を腕に食い込ませた。


「ち、ちぎれる! 離して!」


 宿屋の厩舎に悲鳴が鳴り響いた頃、宿屋の者達が駆け付け、ヤカー泥棒の三人は大怪我をして御用となるのであった。



「それにしても、ベルが見張りでいるのにヤカーを狙うとは、馬鹿だよな」


 翌昼の出発時、ヨースがヤカー泥棒に呆れながら言う。


 一人は柱に顔をぶつけたことで顔を複雑骨折し大怪我、一人は手を嚙みちぎられそうになって大怪我、そして、コウに手首を掴まれた者は手首を粉砕骨折で大怪我であったからだ。


「二人はコウにやられたんでしょう? ベルがその気になっていたら、三人共ベル自慢の刃物のような剣歯で切り裂かれていただろうから、コウが気付いて良かったわね」


 ララノアがそれに答えながら、ヤカーに跨る。


「そういうコウも寝起きで不機嫌であまり手加減できなかったみたいだけどね」


 街長の娘カイナが苦笑しながら、ララノアの言葉に応じた。


「昨日のことはあまり覚えてないなぁ。はははっ……」


 コウは犯人を捕らえた後、そのまま、ベルを背にして寝てしまったので、あまり記憶に残っていないようである。


「それより、みんな出発しよう。事情聴取が延びて、もうお昼だからね」


 コウは、夜中の自分のやったことを忘れてもらえるように、みんなを急かして出発するのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る