第132話 対抗措置
「最近、面倒臭いことになっているよな」
最近流行になっている裁縫ブランド『アルミナコ』に身を包む首に赤いスカーフを巻いた特徴を持つ大鼠族のヨースが、コウの自宅でそう漏らした。
コウの自宅は髭なしドワーフグループの集まる場所になっており、この日もドワーフのダンカン達も飲む為に集まっている。
そこにヨースもいた。
「面倒って?」
コウがダークエルフのララノアが雪山越えの折に契約した氷の精霊フロスに、お酒をキンキンに冷やしてもらいながら聞き返した。
「隣領のダーマス伯爵さ。この村が自治領扱いになってからはちょっかいを出すことも無くなっていただろう? だけど最近、領境の検問所、特にこことダーマス伯爵領の間の通行料と持ち込む荷物に対する税を大幅に引き上げたんだ。だから俺達商人は割に合わないからと、ダーマス伯爵領を避けて他の貴族領から緩衝地帯に入りそこからここまで戻ってくる感じになっている。緩衝地帯に道はないし、そこを進むのは時間がかかって経費も馬鹿にならないって話さ。まあ、嫌がらせだろうな」
ヨースは中央から戻ってきた時に経験した時の不満を口にした。
「えー? それって地味に大きな問題じゃない!」
コウも何気にただ事ではないとわかって声を上げる。
「ああ、ヨーゼフ村長に知らせたら、抗議するとは言っていたけど、こちらは正式とは言えない自治区だからな。通行料が不当な高さでも他国扱いだから、文句を言っても相手にされない可能性は高いだろうな。俺達にはとんでもない死活問題さ」
大鼠族のマウス総合商会は現在、エルダーロックの村で取れる鉱石やトレントの材木やそれを加工した製品や、『コウテツ』ブランド、『アルミナコ』ブランドなどを扱って大きな利益を上げている。
だが、辺境の地ということで、運搬費や人件費など諸々掛かるところを大鼠族の連携で効率よく全国に運ぶことで薄利多売を成立させているのだ。
しかし、それも街道を利用してこそであるから、道なき緩衝地帯を進むというのは想像以上に時間がかかるのである。
「……そうなると、僕らで専用の道を作る必要があるってことだね」
コウはすぐに問題解決の糸口を口にした。
人とモノの流れが止まるのは死活問題である。
人で言えば、血流を止められるようなもので、黙っていたらそのまま壊死するのがオチだ。
ダーマス伯爵はそれが狙いだろう。
そして、お金を絞り取ることも。
「専用路を作ってくれるなら俺達も助かるけどさ、ダーマス伯爵領以外の貴族領までの距離は結構あるぞ?」
ヨースが実際何度も経験したことがあるのか、そう答えた。
「大丈夫、うちは昼夜問わず、働ける戦力がいるからね」
コウは問題ないとばかりに余裕の笑顔を見せた。
「あ、ゴーレムを利用するのか!」
「うん! 緩衝地帯はほぼ人がいないからね。だからゴーレムが目立つ事もないし、護衛役の部隊をいくつか編成して交互に巡回させるくらいで済むだろうから、すぐに専用路は完成できると思う」
コウはそう応じると、村長ヨーゼフの元にこの提案をするべく、村長の娘カイナと一緒に村長宅へと向かうのであった。
「──ふむ……。確かにそれなら、専用路を作るという提案も現実味があるな……。よし、すぐにとりかかろう。あちらはこの村を干上がらせたいのだろうが、そうはさせない」
村長ヨーゼフはそう力強く答えると準備の為、村の幹部達に召集をかけるのであった。
専用路作りは、数日の計画準備の後、すぐに開始されることになった。
現在、エルダーロックの村は、ダーマス伯爵領、コボルトの村と道が繋がっているが、ダーマス伯爵領の北に位置するボウビン子爵領まで緩衝地帯を北上する道を作って繋げることにする。
ちなみに緩衝地帯は山と森や林、荒れて石がゴロゴロしているような土地が多い。
村長ヨーゼフは、そんな土地をコウ達と実際見て確認すると、人目に付かないように、その林の中や、丘の陰、貴族領の方からは視界を遮る場所を選んで道を作る計画を立てた。
すぐに村長ヨーゼフが管理しているゴーレム十体が投入される。
ゴーレム達はドワーフであるコウ達よりも小さいが、その力は並外れており、整地作業において、邪魔な木は渡されている斧で即座に伐採し、切り株も二人がかりで引っこ抜く。
コウが専用路の石畳に使用する土や石を等間隔で脇に置いていくことで、運ぶ手間も最低限で済む。
もちろん、ゴーレムが作業している間、コウも何もしないわけではない。
コウは緩衝地帯であるアイダーノ山脈地帯地下深くにあるゴーレム製造工場に戻って、新たなゴーレム製造を行った。
追加で同じ汎用性労働型ゴーレムを三十体ほど増産する。
専用路作りに投入する為だ。
しばらく放置している間に、ゴーレム製造工場はコウの指示通り、ゴーレムを動かす原動力である『魔核』の製造を行ってくれていた。
なので、まだ、追加で作れなくもないが、あまり作りすぎるのも問題が多いと思い、程よい数で製造を止めてまた、道を塞いで戻ってきた形である。
そしてそれを専用路作りに投入すると、かなりの速度で新たな道が出来上がっていく。
邪魔する者はおらず、それは順調であった。
その間、一時的とはいえエルダーロックの村の住人達や移住希望の者達は高い通行料を支払ってダーマス伯爵領を通過することを我慢していたが、出来るまでの辛抱である。
大鼠族のヨース達も商人として高い通行料と荷物に対する税を取られることで利益がほとんど出ない期間になったが、それも完成までであると思って我慢して支払い続けた。
「想像以上にエルダーロックの連中は馬鹿だな。通行料と荷物に対する税を引き上げたが、黙って支払い続けておるわ。お陰でこちらもかなりの利益になっている。まあ、奴らはうちの領地を通らないと商売もできないから当然だが! わははっ! これなら、もう少し引き上げても良いのではないか?」
領主邸でダーマス伯爵は税収が増えたと喜んで引き上げを部下に提案した。
「よろしいかと思います。奴らにとってはダーマス伯爵様の領地を通過できるかどうかは死活問題なので、税が上がっても支払わずにはいられないでしょう!」
部下も今回の策がかなり良いものだったと満足していたから、さらなる増税に賛同する。
「よし、来週から、さらに五割増しにするか!」
「良いと思います!」
「そちも悪だのう? わははっ!」
ダーマス伯爵はさらなる収入増を期待して部下と笑いが止まらないのであった。
そして、増税してから一週間が経過──
「ダーマス伯爵様! 増税したら、検問所を誰も通過しなくなりました!」
部下が慌てて領主邸に知らせに来た。
「はははっ、流石に困惑しているのであろう? だが、我が領地を通過しないと奴らは商売できない立場。すぐに戻るわ!」
さらに、一週間経過──
「伯爵様、あれから誰も通過しません……。検問所を避けて違法通過を行っているかもしれないと警備隊を増やして警戒していますが、そんな様子もありません。どうしましょうか……?」
「そんな馬鹿な!? あの税収を頼りに、領主邸の建て直しや王都のブランドで色々と買い物したのだぞ!? 貴様、どう責任を取るのだ!」
ダーマス伯爵は憤慨すると部下のせいにする。
「お待ちください! 増税を言い出したのは伯爵様ではありませんか! ──そうだ、増税前に戻しましょう! あれでも十分、高額なのでかなりの収入が見込めます!」
「そ、そうだな! すぐに戻せ!」
ダーマス伯爵は、部下の提案を受け入れてひとつ前の高額な通行料に戻すことに賛成した。
それから、さらに一週間が経過した。
しかし、誰も通過しないので収益はほぼゼロ、それどころか人件費等で赤字である。
「な、なんでだー!?」
通行税を当てにしてツケで買い物をしていた為、連日送られてくるその高額な請求書の束を握りしめ、ダーマス伯爵は元に戻らない原因がわからず、悲鳴を上げるのであった。
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