第118話 深い洞窟の先

 開通トンネル内にあるいくつかの穴のうち、下がっていく穴が気になったコウ一行は試しに確認することにした。


 下る中、引き返す時のことも考えてコウは土魔法で足元は安全の為に階段を作る。


 ダンカンは闇にランタンの明かりを照らし、変わったところがないか確認しながら進む。


 ベルは周辺の臭いを嗅ぎ、ダークエルフのララノアと村長娘カイナは後方を警戒している。


「意外に深いわね……」


 ララノアがコウの作った階段を下りながら、そこが知れない洞窟の深さを指摘した。


「自然の驚異ってやつだな。これだけ深いと魔物が棲みついたり、魔素の溜まり方次第では迷宮化してもおかしくないんだが、コウから聞いた通りなら長いことここは密閉空間になっていたことで、その可能性もあまりなかったみたいだ」


 ダンカンがララノアの疑問に答えながら、みんなに教えるように話す。


 そして、続ける。


「……それにしても、この洞窟、かなり風化してはいるが、ところどころ人の手が入っている気もするんだが、気のせいか……?」


 ダンカンはランタンで周囲を照らしながら、首を傾げた。


「過去に誰か入っているってことですか?」


 コウが土魔法を使用する手を止めて、ダンカンに疑問を口にした。


「ああ。当然、昔はここも人が入れたんだろうから、その可能性は十分あるんだけどな。それだと、手つかずの鉱石なんかは期待できないかもしれないな」


 ダンカンは残念そうにそう答えた。


 ダンカンは資源が何かあることを期待してその確認の為にここまで潜っているのだから、落胆するのは当然である。


「はははっ。『穴があるところに、ドワーフの陰あり』ですね」


 コウがドワーフの中で有名な言葉を口にした。


「へー、そんな格言みたいなものがあるの?」


 聞いたことがないララノアは、面白がってコウに聞く。


「うん。僕達ドワーフは未踏の洞窟があれば、すぐに潜りたがるからね。それは遠い昔から変わらずなんだ。だから、自然の洞窟に人工的な跡が残っていたらそこには大概ドワーフが出入りした後で、目ぼしい鉱石の類は掘り尽くされていることがよくあるんだよ。だから、後世のドワーフがそういう言葉を残したんだ」


「そういうことだ。ここの穴はこれ以上潜っても意味がないかもしれんな。コウの言う通り、昔のドワーフが潜って目ぼしい資源は掘った後かもしれん。──はぁ……」


 ダンカンのガッカリ具合はわかりやすく、大袈裟に溜息を吐く。


「ふふふっ。ダンカンさん、ドワーフが潜った痕跡があるとして、風化するほど昔のものなら、もしかすると、エルダードワーフの『遺産の部屋』があるかもしれないわよ?」


 村長の娘カイナが、落胆するダンカンを励ますようにそんな可能性を指摘した。


「確かに、その可能性も少しはあるが、ドワーフならみんな同じことを考えると思うぞ?」


 ダンカンはドワーフのお伽噺として語り継がれている『遺産の部屋』を信用している一人であったが、三十五年間、鉱山で働いてきた身だから、それを見つける難しさも知っている。


 これだけわかりやすい洞窟なら、昔のドワーフがとっくに調べ尽くしているだろうことは同じドワーフなら予想がつくのだ。


「このタイプには『遺産の部屋』がある可能性はほとんどないだろうな。村長やコウが見つけた部屋はそこまでの道は全くない地中に突然現れた空間だったらしいから、ありえないだろう」


 ダンカンはエルダーロックの村が出来てから情報を共有する形で村長とコウから『遺産の部屋』について打ち明けられていたから、伝承などと照らし合わせて『遺産の部屋』は、ドワーフが掘り当てた先にあるという結論を出していた。


 だから、この手の洞窟の奥には存在しないだろうと、容易に想像できたのであった。


 コウもダンカンと同意見であったから、『遺産の部屋』は本当に幸運の女神に祝福されない限り見つけるのは困難だろうと考えていた。


 だが、もちろん、見つけるには幸運だけでも駄目なことはわかっている。


 自分の時は想像以上に固い岩盤を掘る能力と道具が必要だったからだ。


 それくらい『遺産の部屋』は、発見が困難な古代の遺物である。


「おっ、広い空間に出たな。どうやら、ここで行き止まりか? 岩盤もかなり堅そうなところだな……。──コウ、例の奴で周囲を確認してみてくれ」


 ダンカンはそう言うと、コウの能力『鉱脈探知』をお願いした。


 この能力は鉱脈の探知だけでなく、地中のある程度の範囲にある空間も把握できるから、同じ鉱夫としてこの能力の有能さは理解しているのだ。


 コウは頷くと魔法収納鞄から一等級の金槌を取り出し、地面をゴツンと叩く。


 この地底の空間に響いたが、ダンカン達には聞きなれた音でしかない。


「……近くに鉱脈はなさそうですね……。ちょっと空間がいくつかありますが、多分、試掘の為に掘った坑道跡だと思います」


 コウは何度か地面を叩いて確認しながら報告する。


「やはり、か……。昔のドワーフも俺達同様、採掘には目がなかったらしい」


 ダンカンは苦笑して残念がった。


 だが、前のドワーフが試掘で止めていたということは自分達は確認作業をしなくていいということだから、諦めもつきやすいというものだ。


 ダンカンが「無駄足だったな」と、告げた中、コウは試掘跡と思われる方に歩いていきながら、魔法収納鞄からツルハシを取り出す。


「うん? なんだ、気になるところでもあるのか?」


 ダンカンがコウの行動に質問する。


「いえ、試掘の坑道跡ですが、よく考えたらこれ、凄く硬い岩盤を繰り抜いているんですよね。それって変じゃないですか?」


 コウが疑問を口にすると、ツルハシを振りかぶって、壁をあっという間に削り、坑道跡を発見した。


「……確かに、不可解だな」


「ダンカンさんはどう思いますか? リスクの多い硬い岩盤を掘ってまで昔のドワーフが試掘すると思います?」


 坑道跡を発見したコウは、ランタンをかざしてその広めの坑道跡に入っていく。


 ダンカンも興味を引かれてコウの後に続いた。


 ララノアとカイナは目を見合わせると、坑道跡の確認は二人に任せて、地底の空間の安全確保の為にベルと残ることにした。


 コウは、ツルハシを魔法収納鞄に納めるとすぐに金槌に持ち替え壁を叩きながら進む。


 しばらく進むと、坑道も行き止まりになった。


「……何もないが、この坑道、確かにおかしいな。試掘用の割に綺麗に掘られている……」


 ダンカンもコウ同様、不審な点に気づいた。


 コウは、行き止まりの壁を金槌でまた、叩く。


 音の反響を感じるには少し時間がかかる。


 コウも感じるのに叩いてから少し待ったが、ピクリと反応した。


「……ダンカンさん。この先、僕の『鉱脈探知』が届くギリギリのところに広い空間があります……!」


 コウが確信に満ちた声色でダンカンに報告する。


「これは何かあるな。──コウ、掘るぞ!」


 ダンカンも何かあると確信すると、コウに魔法収納鞄から超魔鉱鉄製のツルハシを出してもらい、一緒にこの固い岩盤を掘り始めるのであった。

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