第95話 村の存在意義
エルダーロックの村の出入り口である門は、固く閉じられ、防壁の上からはドワーフ達が槍や弓矢を構えて、近づいてくる馬車を警戒した。
その御者台には大鼠族が乗っている。
「おい、大鼠族の顔がわかる奴を連れてきてくれ!」
ドワーフの一人が大鼠族のヨースの姿を見て村内の者に告げる。
「おい! 俺はヨースだぞ! 大鼠族の顔、まだ、見分けがつかないのかよ!」
大鼠族のヨースは、防壁の上からこちらを窺っていたドワーフ達の言葉をその耳で聴き分け、怒る素振りをみせた。
それを聞いて馬車に乗っているコウ達は、
ごめん、僕(私)達もヨースの首に巻いている赤いスカーフの色で判断してるところある……。
と内心でお詫びするのであった。
ちなみに、ベルは森の方から家に帰ってもらっている。
ダーマス伯爵の領兵を刺激したくなかったからだ。
そこで、コウが馬車の中から顔を出すと、防壁の上にいるドワーフ達に手を振る。
「おーい! 帰ってきたよ!」
「あ、『半人前』のコウだ! コウ達が帰って来たぞ! 門を開けろ!」
門を見張っていたドワーフの一人がそう指摘する。
「何!? コウ達が!」
門の向こうから懐かしい声が聞こえる。
髭なしドワーフであるダンカンの声だ。
門が開くと、コウ達の馬車とその後に続くバルことオーウェン王子の馬車が門を潜って中に入る。
「よく表の領兵達に手を出されることなく戻ってこれたな! ──そっちの馬車の御者は人みたいだが、あっちの使者か?」
ダンカンが、馬車から降りてきたコウとダークエルフのララノア、村長の娘カイナ、御者を務めていたヨースを迎え、バルことオーウェン王子の馬車を警戒しながら事情を問うた。
「こちらの馬車の持ち主はこのバルバロス王国のオーウェン第三王子殿下だよ」
「「「オーウェン第三王子殿下!?」」」
その場に居合わせたダンカン達ドワーフや大鼠族達は、ありえない名前を聞いて口を揃えて復唱するのであった。
そこに、馬車から側近のセバスが御者台から降りて、馬車の扉を開ける。
まずは、護衛のカインとアベルの二人が降りてきて、安全を確保し、次にオーウェン王子が降りてきた。
「村長に会わせてもらおうか。ダーマス伯爵側は契約書を燃やしたらしいから、こちらに残っている契約書を確認したい」
オーウェン王子は、馬車から降りるなり用件を口にする。
その言葉に周囲の者達はざわつく。
そこへ、コウ達の帰還を知らせた者がいたのだろう。村長のヨーゼフが、右腕である『太っちょ』イワンと村長宅の方から走ってきた。
「村長、契約書を持ってきてくれ!」
その二人の姿に気づいて、ダンカンが大きな声で村長のヨーゼフに言う。
こちらに向かってきていたヨーゼフは、それを聞いてもこちらへ走ってくる。
どうやら、持参しているようだ。
そして、数十秒後、ヨーゼフは帰ってきた娘のカイナに気づいてまずは抱擁する。
「よく帰ってきた。怪我はないか? ──そうか、無事で何よりだ」
ヨーゼフは娘の無事を確認して安堵のため息を吐く。
ダーマス伯爵が表に兵を引き連れてきてから外の情報が入ってこないようで、カイナ達のことをかなり心配していたようである。
「コウ、ララノア、ヨースもよく帰ってきた。それで、契約書がどうこう言っていたが、何のことだ? それに、そちらの人間達は?」
ヨーゼフはコウ達の無事も確認して、ダンカンが言っていた契約書の話に移った。
「こちらはこの国の王族で第三王子のオーウェン殿下です。今回の問題となっている契約書の内容を確認したいそうです」
コウはオーウェン王子に代わり、ヨーゼフ村長に説明した。
「「お、オーウェン王子殿下!?」」
村長ヨーゼフと『太っちょ』イワンは、驚いてその場に膝をつく。
「お初にお目にかかります……。私はエルダーロックの村長を務めております。ヨーゼフ、こちらは、私の助手であるイワンです。──契約書はこちらに……」
ヨーゼフはそう言うと、契約書を魔法収納からパッと出して、オーウェン王子に提出する。
王子は受け取ると、何も言わず、その契約書に目を通す。
「……ふむ。よくできた契約書だな。細かいところまで、取り決めがなされている何の不備もない内容だ。ダーマス伯爵の直筆のサインも確認できる。──セバス、どう思う?」
オーウェン王子は契約書を褒めると、側近のセバスにも見せた。
「……失礼します。……なるほど、確かにこの契約書では村長の決定権はこの村の民達にあり、ダーマス伯爵が主張する権利はないですね。それに、この土地の売買もしっかり行われているかと」
セバスは契約書に詳しいのか、王子に見落としがないか確認した。
「──そういうことで、王家の成人する者は、ほとんど裁判官の権限を要していてな。私もその中の一人だ。──契約書は正式なものであり、ダーマス伯爵の主張は認められないことを正式に宣言しておこう。ダーマス伯爵にはこちらから、兵を引くように警告しておく。それにここは隣国との国境線。むやみに領兵を動かして騒ぎを起こしているとあちら側が刺激されて山を越えて兵を出してきかねない」
オーウェン王子がそう告げると、ドワーフ達から、
「おお!」
「やったぞ!」
「王子殿下万歳!」
と声が上がるのであった。
ダーマス伯爵は戻ってきたオーウェン王子から、改めて契約書の契約不履行はダーマス伯爵側であることを告げた。
これには、ダーマス伯爵もぐうの音も出ず、オーウェン王子が今回の騒ぎについて警告をするのであった。
翌日の昼。
オーウェン王子の立会いの下、ダーマス伯爵とヨーゼフとの間に、改めて再契約が結ばれることになった。
これを一方的に破棄すれば、立会いの王家の顔に泥を塗ることになるから、同じことは二度と出来ないというわけだ。
王子はさらに追加の契約事項を付け加えていた。
普通、街や村などは緊急時、契約書の有無に拘わらず、領主の支配下に入るというのが常識なのであるが、エルダーロックの村は国境線にあることで、その条項から外すことにしたのだ。
それは、なぜかというと、ダーマス伯爵が売買した土地は、隣国も支配地域を主張している土地なので、占有権が有耶無耶になっているのである。
その為、緊急事項に当てはまらない村という形にしたのだ。
これはオーウェン王子の独断ということでもなく、当然の処置である。
逆にダーマス伯爵が勝手に売買したことが問題になるくらいだったので、これにはダーマス伯爵も指摘されると文句が言えないのであった。
つまり、このことによって、エルダーロックの村は、ダーマス伯爵の領地とは完全に言えない形になったのである。
一応、バルバロス王国の領地内ということにはするが、隣国とのこともあるので、大きな声では主張できない土地、ということになるのであった。
「それって、隣国とどっちつかずの領地ってこと?」
コウは、再契約交渉終了後、村に再度訪れたオーウェン王子に、確認した。
「これは、王都にも報告しないといけないが、多分、エルダーロックの村は、自治の村という形を取ることで、隣国との摩擦の種にならないように処置することになると思う」
と驚くようなことを王子は口にした。
「「「じ、自治の村!?」」」
「ああ。考えてみろ。国境線の緩衝地帯に出来た村を表立って国が『うちの村です』なんて宣言したら、隣国と戦争になりかねないだろう? それなら、自治の村にしておいて、隣国が気付いて怒りだしても、『勝手に作った村みたいですよ?』という理由で言い逃れが出来る。まぁ、国側としてはトカゲのしっぽ切りができる状態にしておく方が無難なわけだ」
「トカゲのしっぽ切りって……。それじゃあ、エルダーロックの村は、勝手に生きていけ、ってこと? ──あれ? それだと、税金はもう納めなくていいんですか?」
コウは、自治区ということは、国に縛られない状態にあると解釈して聞いた。
「まあ、そこは、エルダーロックの村側には、自主的に我が国へ税の代わりに貢物をしてもらう形かな」
つまり、関係ない村といいながら、遠回しに王国に所属する形であるとオーウェン王子は言う。
「……これって、状況が悪化したのでは……?」
コウはそう思うのであったが、案の定、エルダーロックの村の存在はバルバロス王国と隣国であるヘレネス連邦王国との間で後々問題になっていくのであった。
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