第94話 契約の有無

 コウ達一行は、検問所での兵士の「反逆」という言葉に驚かずにはいられなかった。


 コウは何が起きているのか詳しい理由を聞いてみると、それは反逆とは言い難い理由であった。


 兵士の説明では、ダーマス伯爵が村長を現村長のヨーゼフから部下の一人に変更しようとしたが、ドワーフ側がそれを拒否し、使者を追い出したのだという。


 それだけ聞くと、ドワーフ側の我儘に聞こえなくもない。


 だが、ダーマス伯爵とドワーフの代表であるヨーゼフ村長の間には、土地の売買による契約が結ばれた際に、エルダーロックの村の村長の地位は、ドワーフ側に決定権が認められている。


 それを踏まえると、どうやらダーマス伯爵がエルダーロックの村の村長の地位を現村長であるヨーゼフから一方的に剥奪し、新たな村長をダーマスの部下に決定したことで、村を丸々乗っ取るつもりであったことが想像できた。


 当然ながらヨーゼフ以下ドワーフ達はそれを断固拒否し、契約書を盾に村に立て籠ったということだろう。


 その為、ダーマス伯爵が領兵を引き連れて乗り出して来ており、村に立て籠もるドワーフ達を自分に対する反逆行為だと決めつけているようだ。


「……それってダーマス伯爵が契約を一方的に破っただけですよね?」


 コウは道を封鎖している兵士に問いただす。


「俺はただの兵士だ。そんなことは知らんよ。伯爵様が、反逆行為だというのだからドワーフ達の反逆行為なのだろう?」


 検問所の兵士はそう言うと、コウに答えた。


「ダーマス伯爵とエルダーロックの間で取り交わされた契約は、村長の決定は村側に任せられることになっているわ。それにあちらが一番拘って求めていた税もちゃんと納めているわよ」


 村長の娘カイナは兵士とコウの会話を聞くと、ヨース達にそう漏らした。


「ほう……。つまり、ダーマス伯爵が村との間に交わされた契約を一方的な理由で破棄したわけか」


 バルことオーウェン王子がカイナの話を聞いて、神妙な面持ちで頷く。


「これって契約不履行というやつだよね?」


 コウが兵士のところから、戻ってくるとみんなの会話の中に戻ってきてそう告げた。


「コウ、よく知っているな? そう、これはダーマス伯爵による契約不履行だ。いくら自分の領地のこととはいえ、契約書に関する取り決めは、国の法に則って決められている。それは貴族であっても守らなくてはいけない、というのが決まりだが……」


 バルことオーウェン王子はコウに感心すると同時に、そう説明をすると最後に少し不穏な空気を匂わせた。


「何か問題があるの?」


 バルことオーウェン王子の勿体ぶった言い方にコウはゴクリと息を呑んで、問題を聞く。


「これは王家が作った法だから、王家も守ることが定められていることなんだが、中央は法が行き届いていて、契約書も十分効果を発揮している。しかし、地方だと、一部の貴族は握り潰して終わりなんてことはよくあるのさ。これは国の裁判官が派遣されている地域とそうでない地域があるからなんだが、これはただの人手不足の問題だな。この辺境には裁判官がまだ、派遣されていないということか」


 バルことオーウェン王子は、その方面に詳しいのかコウの疑問に答えた。


「そんな……。それじゃあ、せっかく交わされた契約書も意味がないってことなの?」


 ダークエルフのララノアが、過去に口約束を破られ、報酬を踏み倒された時のことを思い出し、絶望的な表情になる。


「ましてや、相手はドワーフだからな。ダーマス伯爵も契約書については最初からあまり守る気はなかったのかもしれない」


 バルことオーウェン王子は、さらに追い打ちをかけるようにそう告げた。


「……」


 コウ達は一方的に契約を破られてもドワーフということで、それを非難することも許されないのかと絶望的な気持ちになる。


「ちょっと、待て。俺も国の法については詳しくないが、バル、あんたなら打開策があるんじゃないか?」


 大鼠族のヨースは商人だから契約書にある程度は詳しい。


 その為か、何か考えがあるのかバルことオーウェン王子に問うた。


「さすが商人、私という存在のありがたみに気づいたか。──コウ、まずは、村まで案内してくれ」


 バルことオーウェン王子はヨースの指摘に、ニヤリと笑みを浮かべる。


 そして、バルは側近のセバスに無言で頷く。


 セバスはそれだけで何かわかったのか、「御意」とだけ答えると、検問所の兵士のところにいくと懐から何かを出して見せた。


 兵士はそれを見て、最初こそ不信な表情を浮かべたが、すぐに驚きの表情に変わり、慌てて道を塞いでいた柵を取り除き始める。


「まさか……、王家の紋章を使用したのですか?」


 コウはすぐにそれを察してバルに聞いた。


「そういうことだ。じゃあ行こうか」


 何食わぬ顔でバルはそう答えると、馬車に乗り込む。


 コウ達も慌てて馬車に乗り込むと検問を無事通過するのであった。



 コウ達一行が、検問所を通過したことは、検問所から領兵を引き連れて村まで来ているダーマス伯爵の耳にも届いたのだろう。


 エルダーロックの村の手前で、伯爵本人が兵を連れてバルのもとに駆け付けてきた。


「本物の王子殿下であらせられますか!?」


 ダーマス伯爵は辺境の領主で、王都に行くことも滅多にないから、バルことオーウェン王子が本物の第三王子か判断が難しく、失礼な質問をしてきた。


「控えろ、伯爵! この私に向かって馬上からその言葉を吐くとは、王家を軽んじているということと同義ぞ!」


 オーウェン王子は、ダーマス伯爵を叱責する。


 これには、王家の威光を感じたのか、ダーマス伯爵は慌てて馬から降りて、その場にひれ伏した。


「も、申し訳ありません。まさかこんな辺境の地に王子殿下が訪れるとは思いもよらず……。それで、今日はいかがなされてこのような地へ?」


 ダーマス伯爵はひれ伏して、オーウェン王子の用件を確認した。


「……聞けば、契約の問題で揉めているとか。それで、その契約書はどこにあるのだ?」


 オーウェン王子は本題にすぐ入った。


 時間が勿体ないと感じたのだろう。


「け、契約書はあちらの契約不履行が発覚した時点でただのゴミクズですので……、燃やしてしまいました……」


 ダーマス伯爵は汗をびっしょりかきながら応じた。


「契約書を燃やした、だと? ──ダーマス伯爵、他に言い分はあるか?」


 オーウェン王子は伯爵にそう問う。


「……ドワーフの申すことは、全て出鱈目でございます。奴らが手にしているものは、偽物の契約書。信じてはいけません……」


 ダーマス伯爵は、それだけ言うと沈黙した。


「お主の言い分はわかった。──馬車を出せ」


「殿下どちらへ!?」


 ダーマス伯爵は驚いて聞く。


「ドワーフの村だ。あちらの言い分も聞かないとな」


「お待ちください! 奴らはモグラと例えられる卑しい種族。殿下が直接乗り込んで何かあっては問題になります!」


 ダーマス伯爵はつまり、自分の責任になるから困ると暗に告げたのだ。


 それと同時に自分に不都合な事実を知られるのを防ぎたかったこともあるだろう。


「それは問題ない。こちらには護衛もいるからな」


 オーウェン王子はそう答えると、馬車を出してエルダーロックの村へとコウ達の馬車と一緒に向かうのであった。

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