第80話 展覧会当日の朝

『軍事選定展覧会』本番当日の朝。


「みんな起きたな。それじゃあ、早速、会場に行くぞ!」


 大鼠族のヨースは今回の『コウテツ』ブランドの責任者として、会場入りすることになっているから気合いの入り方が違う。


「ヨース、展覧会は三日間あるんでしょ? 初日から気合入れすぎると身が持たないよ?」


 コウはそんなヨースを宥めた。


「コウの言う通りよ。それに、主役は、『コウテツ』ブランドであって、ヨースは来場者への説明くらいでしょ? そんなに気合入ってたら、説明を聞く来場者が引いちゃうわよ」


 ダークエルフのララノアもコウに賛同してヨースを落ち着かせる。


「ヨース自身の頑張りでここまで来れて、さらには世間に『コウテツ』ブランドが注目されることになるのかもしれないのよ? 私だったらヨースと同じく気合入っちゃうかも……、でも、二人の言う通りヨースは落ち着いた方がいいと思う」


 村長の娘カイナはヨースの気持ちを察しつつ、みんなと同じように宥めた。


「お、おう。確かに三日あるからな……。ちょっと、深呼吸しておこう」


 ヨースはそう言うと、モフモフの胸に手を当てて、深呼吸する。


 その姿がかわいい。


「それじゃあ、ヨースも落ち着いたところで、会場に向かおう」


 コウが改めて仕切ると、「「「おお!」」」と全員が応じ、剣歯虎のベルを連れて会場に向かうのであった。



『軍事選定展覧会』会場は王城近くの大広場の傍にある大きな建物内で行われる。


 その建物の出入り口には多くの馬車が並んで荷物の運び込みを行っていた。


 すでに前日から主催者である五つの商会で老舗である防具に力を入れている『アーマード』、武器が主流の『ソードラッシュ』、騎士向け重装備の武器防具を扱う『騎士マニア』の三つの商会は展示する製品が各自百点くらいあることから、メイン以外はすでに運び込まれているが、この賑わいであった。


 さらには同じく主催者側であり、新進気鋭で扱う製品は四等級以下中心でバランス重視の『ウォーリス』、それとは逆に五等級以上の製品しか扱わない高級志向の『五つ星ファイブスター』も五十点弱の製品を展示するので、当日運び込むメインのものは慎重に扱っているのが、表からもその様子が伺えた。


 どこも、物々しい護衛を付けて周囲を警戒しているのだ。


 それは無名のブランド商会も同じで、この展覧会に賭けているところは多いから、自慢のとっておきを持ち込むにあたって、地元屈指の冒険者を雇って護衛に当たらせているところがほとんどである。


「……意外に殺気立ってるな」


 これにはヨースも想像を超えていたようで、気持ちのやり場も無くなって少し冷静になった。


「よし、みんな。さっき配った関係者証明札を首からかけておけよ。それがないと会場の出入りが出来ないからな」


 ヨースはそう言うと、自分の証明札をコウ達に見せて確認を行う。


「うん!(はーい!)(ええ!)(ニャウ!)」


 コウ達はそう言うとお互いの証明札を見せて忙しく荷物を運び込む関係者の間をすり抜けて建物内へと入っていくのであった。


 中には会場の事務局関係者が、無名ブランド商会の展示場所の指示を複数で行っていた。


 主催者側はすでにメイン以外のものは展示準備が終わりつつあるようだ。


「あの……。『コウテツ』ブランドを扱う『マウス総合商会』です。展示場所はどちらになりますか?」


 ヨースは事務局関係者達が大きな声で、他の従業員を指示していたので、気を遣いながら聞く。


 事務局関係者は相手が大鼠族と剣歯虎を連れた一団だったので、最初、「?」となったが、


「ああ! 確か『五つ星』さん推薦のブランド商会ですよね? ちょっとお待ちください……。確か、五枚目の資料に……、──あれ? 展示場所が変更されている? このサインって老舗ブランド『アーマード』さんのところだよな……。ちょっとお待ちくださいね?」


 事務局関係者も『コウテツ』の展示場所が急遽変更になっていたことに、資料をぺらぺらとめくりながら確認する。


「──『コウテツ』、『コウテツ』っと……。ああ、あったあった! 最後の資料に追加でありました。えっと……、このまま右側の通路を行って、無名ブランド会場の場所は……っと。──あっ……、これは……。──突き当りまで行って頂けたら、わかると思います……」


 事務局関係者は、何かに気づいて言葉を濁すと、ヨース達にそう伝える。


「「「?」」」


 コウ達はその態度に疑問符が浮かぶのであったが、無名ブランド会場の突き当りということで、わかりやすい場所のようだから先に他のブランドの見学をしておくかという話になった。


「そうだね。うちは三点しか展示ないし、会場はギリギリまで忙しいだろうから、邪魔にならないように見学しよう」


 コウがそう決定すると全員もそれに納得して会場内を見回ることにするのであった。



 主催者の展示会場は、広い会場を大々的に使用していた。


 そこに、各種防具類から数多の武器類が、等級ごとに展示されている。


 デザインも一流どころがデザインしたのだろう事を想像すると、どれも立派に見えてきた。


「……さすが、数年に一度しか行われない国内最大の『軍事選定展覧会』だね……。どれも格好いい気がする……」


 コウが専門外で知らない武器防具ブランドの数々だが、一つ一つ丁寧に展示されていることでとても高級に見える。


 というか実際、金額が表示されているものもあり、それらは等級以上にブランド価値だろうか高いものが多かった。


「あの剣、七等級なのに小金貨三枚(前世の価値で三十万円くらい)もするよ!?」


 コウが指さした先には魔鉱鉄製でもない一般の剣が木箱に入って置いてある。


「あっちも見て。同じく七等級の板金鎧が小金貨五枚(前世の価値で五十万くらい)もする!」


 ララノアもコウと同じように金額がとんでもないことに目を見開いて驚く。


「二人とも落ち着けって。それが一流ブランドの力ってやつだ。信用があって品質の保証がされている分、通常の三倍から五倍近い価格が付いても買い手が付く。知名度ってのはそれだけで金になるのさ」


 ヨースは商売人の顔(大鼠族なのでよくわからないが)になると、当然のようにそう説明する。


「それよりも……、あまり、高い等級の製品はないわね。奥かしら?」


 村長の娘カイナが、冷静に周りをみて、そう指摘した。


「ああ、この奥が、六等級以上、各一流ブランドが誇る魔鉱鉄製の製品の展示室のはずだ」


 ヨースはそう応じると、みんなの先頭を切って奥の部屋に足を踏み込む。


 コウ達もその後について行く。


 そこは先程の部屋よりは狭いが、雰囲気がガラッと変わり、一つ一つが盗難防止魔法が施されたガラスケースに入れられて展示されている。


「おお! 魔鉱鉄製の武器防具ばかりだ!」


 コウが目を輝かせて、展示品に感動する。


 その室内のさらに奥には、ポールが置かれて接近できないようになっているガラスケースがいくつも置かれていた。


 どうやら、そこが主催者である商会ブランド自慢の貴重な製品が展示されるスペースのようだ。


 しかし、ギリギリまで各商会も展示するつもりが無いのか、どこも中身は空になっている。


「本番でお互い相手の度肝を抜く、ということだろう」


 ヨースは同じ商人として考えることは一緒だな、推察する。


「……それじゃあ、僕達も自分達の展示場所を確認して、準備しようか!」


 コウはそう言うとまずは出入り口まで戻るのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る