第74話 峠越えの街道

 コウ達一行は、近道である峠越えの街道を進んでいた。


 この道なら、予定よりも二日程早く到着する予定だから、王都見物なども出来そうである。


 ちなみにこの峠越えの街道は坂道が続くので、コウは馬車から降りて剣歯虎サーベルタイガーのベルと一緒に並走するつもりでいた。


 だが、ベルがかわいい声で「にゃむ」と背中に跨るように勧めてくる。


「え、いいの? それじゃあ、遠慮なく──」


 コウはそう言うとモフモフのベルの背中に飛び乗った。


「おお! ベルの背中、毛が柔らかくて乗り心地がいいし、陽の香りがしていいね!」


 コウはベルの毛を握って振り落とされないようにして、クンクンと匂いを嗅ぐのであった。


「ちょっとうらやましいな……」


 馬車組であるダークエルフのララノアが楽しそうなコウを見てそう言う。


「ふふふっ。帰り道、ベルにお願いしてみたら? あれだけ大きいのだからララでも乗れそうよ?」


 カイナは見た目は魅惑的なスタイルの持ち主で成熟した大人にしか見えないこの友人の子供っぽいところに微笑みながら応じた。


 コウと同じくドワーフなので体の小さいカイナは十分乗れるだろうが、ララノアは高身長なのでギリギリと言ったところだろうか?


「そうかな? ──ベル、帰りは私が乗ってもいい?」


 ララノアはカイナの言葉で、勇気を得たのか、ベルに確認する。


「にゃう!」


 ベルはララノアの言葉に承諾したとばかりに鳴き返した。


「はははっ! じゃあ、この特等席は帰り、ララのものだね」


 コウはそう告げると、ベルに跨ったまま、馬車を追い越して先に駆けていくのであった。



 コウはベルに跨ったまま峠越えの街道をみんなより先にすすんだ。


 傾斜のきつい道であったが、ベルには何の問題もなく駆け上がっていく。


 しばらく進むと峠を越える為の大きな石橋が架かっており、そこを結構豪華な造りの馬車がこちらにやってくる。


 コウは念の為、橋の手前でその馬車が通過するのを待つ。


 街道の大きさに比べたら、橋の幅は馬車一台が余裕をもって通れるくらいだったからだ。


「うわっ! ──魔獣がいると思ったら、坊やがテイムした魔獣かい? 立派なもんだなぁ。あ、君、この先に行くのならここから引き返した方がいい。この先は落石で道が通れなくなっているからね」


 御者は馬車を止め、コウとベルを見て驚いていたが、コウを少年の魔物使いだと勘違いしたようだ。


 そして、親切に大事な事も教えてくれた。


「そうなんですか? 教えてくれてありがとうございます!」


 コウは感謝すると、ベルに跨ったまま、橋を渡ろうとする。


「おいおい、落石で通れないんだぞ?」


 御者はコウが自分の話を理解していないと思ったのか、再度声をかけた。


「僕、鉱夫なので大きさ次第では自分で撤去するので大丈夫です!」


 コウはそう応じながら、厚意を見せてくれた御者に手を振って答えて駆けていくのであった。


「鉱夫? ──ボス、どうします? 本当に撤去してもらえるなら遠回りして王都への到着が遅れるよりはマシだと思いますが」


 御者は馬車に搭乗している雇い主に声をかける。


「……鉱夫……か。その少年の言葉を信じて引き返してみよう。どうせ、このままだと、王都に到着するのは時間的にギリギリだし」


 馬車内から若い男性の声がして、御者に命令した。


「へい。それじゃあ、引き返します」


 御者は馬車を操ってUターンすると馬車を元来た落石現場に向かわせる事にするのであった。



 コウとベルは落石現場にもう到着していた。


 ベルが想像以上に早く駆けてくれたおかげだ。


 そこには行商や冒険者など徒歩で峠越えをしようとしていた人々が落石を上って越えている最中であった。


「大きな岩がひとつにあとは土砂かぁ。これならいけそうだ」


 コウは現場を確認すると、徒歩で越えていく人を見送った後、魔法収納付き鞄に土砂をあっという間に入れていく。


 まるで掃除機で吸引していくように、大きな岩以外は綺麗にしていった。


 あっという間に大岩以外を全て片付けると、反対側から徒歩でこちらに向かっていた人々が、大岩の隙間からこちらに通過してくる。


「君が、土砂を掃除してくれたのか!? 助かったよ、ありがとう!」


「ひゃー! 君、何かの能力持ちかい? 大したもんだ」


「テイマーにお掃除能力か。凄い少年だな! ありがとう」


 通行人達は一様にベルに驚きつつも、コウのお陰で通過できるので感謝して通っていく。


 そんなコウは少年扱いだったが否定はせず、通行人が落ち着くまで待つことにした。


 そして、通行人がいなくなると、魔法収納鞄からコウ自慢の鉱夫道具を取り出す。


 全てが超魔鉱鉄製の逸品である。


 コウはその自慢の杭を手にして大岩の層を確認すると、その境目を見つけて杭をあてがい、同じくこれも超魔鉱鉄製の金槌でその杭を打ち込む。


 すると、どうだろう。


 杭は大した力も感じなかったように容易に大岩に食い込んだ。


 そして、次の瞬間、大岩に大きな亀裂が入ると、見事に砕けて小さな石になるのであった。



 丁度そこに、先程の引き返してきた馬車が追いついてきたところであり、御者と搭乗者の雇い主の目の前で、大きな岩が砕け散る様を目撃する事になる。


「「「ひゃ!?」」」


 御者と雇い主、それに護衛として乗っていた冒険者の計五名はその光景に、驚いて変な声を漏らす。


 そんな中、大岩が崩れて周辺が土煙りに覆われたので、御者は思わず馬車を止めた。


 視界が、失われているその間に、コウは魔法収納鞄で砕けた石を回収する。


 そして、土煙が晴れると、そこには体に付着した埃をはたくコウと、クシャミをするベルの姿だけがあるのであった。

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