第67話 魔獣
森に仕掛けた罠には、コウが運んだ
それらにはララノアがとどめを刺し、コウが魔法収納付き鞄で回収すると、自宅まで戻る。
その頃には日が落ちて夜を迎えた。
コウが運んだ剣歯虎は見た目の大きさに比べて意外に軽い。
モフモフの毛の割に体が瘦せていたのだ。
多分、長い事まともな獲物に遭遇する事がなかったのかもしれない。
この白い毛並みの剣歯虎は自然界では、突然変異の色だ。
同種からはその色から、仲間として認めてもらえない可能性も高い。
狩りをするにしても目立つから、逃げられる事が多いかもしれない。
しかし、剣歯虎と言えば、かなり獰猛で強い類の魔獣である。
足も速いし、獲物を見つける事が出来れば、狩り自体はそんなに困る事もなさそうなのだが……。
コウはそんな疑問を思いつつ、一応、獰猛なので安全の為、柵を作ってその中に入れておく事にした。
その間に、ララノアとカイナは罠にかかっていた猪と鹿の血抜きをする。
そこにダンカン達髭なしグループの面々が酒樽をもって遊びに来た。
「おーい、コウ。今日も一緒に飲もうぜ。──おっ、狩りをしてきたのか? 立派な猪に鹿だな! ──そういえば、コウはどうしたんだ? ──裏庭にいるのか。それなら待つとするか。そうだ、ララとカイナでは捌くのは大変だろう。俺達に任せてくれ」
ダンカンは家の表で猪と鹿を逆さ吊りにして血抜きをしていたララノアとカイナの代わりに捌く係を名乗り出ると甥っ子達、ワグ、グラ、ラルと一緒にナイフを懐から取り出す。
「ダンカンさん、ありがとう助かるわ! コウ! ダンカンさん達が来たよ?」
ララノアはこの親しくなった気の良いドワーフ達に捌くのをお願いすると、裏庭で剣歯虎の様子を見ているコウに声を掛ける。
「ダンカンさん達が来たの!? 了解、そっち行く」
裏庭からコウの声がするとパタパタという足音と共に、コウが友人達を歓迎しにやってくるのであった。
そこからは、捌いたお肉を家の表に設置した窯で焼いて食べる事になった。
ドワーフの大好きなお酒も樽で持ってきているのだから、当然宴会である。
ララノアはこのメンバーでは唯一ドワーフではないが、それなりにお酒もいける口であったから、一緒に盛り上がった。
そして、村長の娘カイナもやはり、ドワーフだ。
やはりお酒には好き過ぎる意味で弱いのか、嬉々として飲む。
それに結構飲めるタイプで、周囲から進められたらグイグイいくのであった。
宴会は深夜まで続くと、コウはほろ酔い気分でまだ、大量に余っているお肉の一部を持って裏庭へと移動する。
気配で剣歯虎が目を覚ましたと感じたのだ。
コウの予想通り、剣歯虎は柵の内側で落ち着かない様子でグルグルと回っている。
コウが近づいてくると、すぐに気づいて、歯を剥いて警戒のうなり声を上げた。
だが、コウはそれを無視して近づくと、手にしていたお肉をポンと剣歯虎のいる柵の中に放り投げた。
剣歯虎は柵の隅に一度、警戒して飛び退ったが、目の前のお肉を前にすると、コウへの警戒はどこへやらそのお肉に被りつく。
「やっぱり、お腹が減っていたのか。沢山食べな。まだ、お肉はいっぱいあるから」
コウはそう声を掛けると、剣歯虎が出されたお肉を食べ終わるのをじっと見守るのであった。
しばらくすると剣歯虎はお腹が膨れて落ち着いたようで、コウを探るようにじっと見ている。
コウが近づくと、警戒する素振りも全く見せなくなっていた。
それどころか、鼻をクンクンさせてコウの臭いを嗅ぎ、さらに自分が今日怪我をしたお腹の部分の臭いを嗅ぐ素振りを見せ、また、コウから差し出された指を嗅ぐ。
次の瞬間、その場に座り込むとコウの指を舐め始めた。
まるで怪我の治療のお礼をしているみたいであった。
「……もしかして、君……。僕の魔力の臭いを嗅ぎ分けている?」
コウは剣歯虎の一連の行動を見て、どうやらかなり頭が良いのではないかと思って、ダメもとで聞く。
剣歯虎はコウを真っ直ぐ見ると、ゆっくり瞬きをして「ニャウ」と吠えた。
意外にかわいい鳴き声にコウは、
「か、かわいい……!」
と声を上げる。
「君は、なんでそんなに痩せているの? 狩りが苦手なのかな?」
ダメもとでコウは、この魔獣に聞いてみた。
当然言葉など話せるわけがないから、答えられるわけがない。
しかし、剣歯虎はそれに答えるように、顔を横に振る。
「……もしかして、魔力の臭いがわかるって事は、同じく魔力のある魔獣を狩るタイプなのかな? もしくは血の匂いに誘われてあの森に来たとか」
コウはこの不思議な白色の剣歯虎には、こだわりがあるのかもしれないと思い、再度聞いてみた。
すると、これも理解しているのか、
「ニャウ!」
とかわいく吠えた。
「おお、やっぱり!」
コウは嬉しくなって声を上げる。
そして続ける。
「──つまり、君があそこにいたのは、僕が仕掛けた罠にかかった猪と鹿の血の臭いを追って森に入り、運悪くトレントに捕まったって事かな?」
「ニャウ!」
剣歯虎はまたも返事をする。
どこまで理解しているのかわからないが、質問するたびに鳴くのだから、多分あっているだろう。
「そっか、そういう事だったのか。君が痩せていたのは、この周辺に魔力のある魔物がおらず、狩りできずに彷徨っていたんだね? あ、お腹のけがは大丈夫かな? 僕とララの二人で治療したのだけど……」
コウは剣歯虎お腹の辺りを指さして具合が悪くないか聞いてみた。
すると剣歯虎は、また、「ニャウ!」と鳴くと、その場でゴロゴロしてお腹を見せる。
コウは思わず柵越しに手を入れてそのお腹を撫でてみた。
剣歯虎は黙って撫でられるのに任せる。
「うん、大丈夫みたいだね。それじゃあ、ここに閉じ込めておくのもかわいそうだ。──ちょっと、待って柵を外すから」
コウはそう言うと、剣歯虎の周囲を覆っていた丸太の柵を一本、怪力の腕で外して出られるようにした。
剣歯虎は、その力にギョッとした顔をしたが、そろそろと柵の外に出てくる。
そして、コウの傍に近づくと、その顔をざらざらしたその舌でペロッと舐めた。
「お礼はもういいよ。次からはあの森には気を付けて。あそこはトレントの群生地だから。あと僕達が獣狩り用に罠を仕掛ける事があるから、かからないように気を付けてね」
コウはそう言って剣歯虎の頭を撫でる。
剣歯虎は気持ちよさそうに、撫でられるに任せると、ゴロゴロと喉を鳴らす。
そして、コウの注意事項を理解したとばかりにまた、「ニャウ」と鳴くのであった。
「よし、じゃあ、元の自分の場所に戻りな。──あ、それと気が向いたらここに遊びに来てもいいからね? ──さすがにそれはないか」
コウはさすがにそれは期待しすぎかと思いつつ、この白色に青色の虎柄を持つモフモフの魔獣にそう告げて、自然に返すのであった。
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