第65話 種族の服

 近くに引っ越してきたエルフのアルミナス、猫人族のキナコカップルは、コウの同居人であるハーフダークエルフのララノアともすぐに意気投合して仲良くなった。


 ララノアは元々、人当たりがいい性格だったし、元々混血で差別の経験をしてきたから、自分が受けてきた仕打ちを、人に対して同じ事をするほど愚かでもなかったのだ。


 キナコとは特に気が合うようで、時間があるとララノアは彼女から裁縫を学んでいるようである。


 そんなアルミナスとキナコはとても手先が器用で、このエルダーロックの村では裁縫店を始めようと思っているらしい。


「私も応援するわ。だってキナコさん、本当に裁縫上手だもの」


 ララノアはこの村で同性での友人は村長の娘のカイナや宿屋の女将さんくらいしかいなかったので、キナコが友人になってくれてかなり嬉しいようだ。


「ありがとう、ララさん! アルは器用なだけでなくデザインも素敵なのよ。私が着ているこの服もアルのデザインなの!」


 キナコはそう言うとその場でふわりと一回転して自分の服を見せてくれた。


「素敵ね! 裁縫店が開店したら私も服を作ってもらおうかしら」


 ララノアも乗り気で、キナコと話が盛り上がる。


 そこに村長の娘カイナを加わった。


「二人とも何の話? ──え、そうなの? それはこの村の女の子みんなが喜ぶと思うわよ。今この村で裁縫店と言ったら、鉱夫相手のお店だから、私達女子の服はついでで作っているみたいだからね。おしゃれを楽しむというより、生活に根差した目立たない地味な服が多いもの」


 カイナはドワーフ女性の悩みをキナコに話す。


「それなら、棲み分けが出来そうで良かった。 アル、ここで裁縫店を始めても問題なさそうよ?」


 キナコはこの村に住む以上、同業者に迷惑をかける事だけが心配だったのか、笑顔で恋人に告げる。


「本当かい? それなら善は急げだね。コウ、仲介役をお願いできるかい? 僕達よそ者だけで土地やお店の準備は心細いからさ」


 アルミナスはこの自分と同じ変わり者の友人にお願いした。


「うん。僕にできる事なら、なんでも言ってください。──裁縫店なら、大広場に近いところが、目についていいよね?」


 コウはこの村の事は当然ながら熟知している。


 広場周辺はほとんど公共施設やドワーフ、大鼠族のお店で埋まっているが、広場に続く大通りはまだ、土地が空いているから、その辺りを村長に相談すればいいだろう。


 数日後、村長のヨーゼフに相談したコウとアル、キナコの三人は娘カイナの説得もあって無事、良い場所を借りる事ができたのであった。



「そう言えば、他の種族は種族ごとの衣装があって分かりやすいけど、この村にはそういったものがないですよね」


 アルミナスの家にコウとララノア、カイナの三人がお邪魔している時、猫人族のキナコがララノアの服を作りながら、そう指摘した。


「そう言えば、そうね。私はダークエルフの村から追い出された側だから、着る義理はないから気にしていないけど、ドワーフ族の村なのに、みんなバラバラね」


 ララノアもキナコの指摘に今気づいたとばかりに、応じた。


 コウとカイナは目を合わせると、苦笑する。


 それには理由があるのだ。


 それは、以前住んでいたマルタ子爵領時代まで遡る。


 マルタ子爵領では周知の事実ながらドワーフはよそ以上に迫害を受け、安い賃金で働かされていた。


 その中で、マルタ子爵はドワーフの誇りを奪い、言う事を聞かせる為、種族衣装を着るのを禁止したのだ。


 それから今まで、そういった服を着るという事もなく、ここまで来ているのである。


 それをカイナが説明した。


 コウは何となく知っていただけなので、カイナの話で改めて納得する。


「そうだったんだ……。じゃあ、この村の種族衣装というか色をモチーフにした服を作ってみようかしら。──ねぇ、アル?」


 キナコはその黒い瞳を輝かせて恋人にデザインを促す。


「キナコが言うのなら、デザイン考えてみるよ。──あ、この村の基本色はなんだい?」


 アルはコウとカイナに聞く。


「ドワーフの基本色は土を示す明るい茶色。そして、この村の色は金属を示す銀色よ」


 カイナがドワーフを代表して答えた。


「銀色か。さすがに銀色は難しいけど灰色で代用できそうだね。それに色的に相性がいい黒を入れれば、良いものが出来そう。早速、いくつかデザイン描いてみるよ」


 アルミナスはそう言うと、手にしていた薄い石のボードにこのエルダーロックの村の特徴でもある鉱夫服や素朴なデザインの服を好んできている女性ドワーフに多いワンピースを元に色付きチョークでさらさらと描いていく。


「おお! いつもの味気ない鉱夫服が、格好良くなってる!」


 コウは普段着ている鉱夫服がアルのデザインで見違えているのに驚いた。


 灰色のズボンに黒いシャツ、茶色いベストと色遣いはシンプルだが、ベストとズボンはポケットが工夫して配置され、それがシンプルながらおしゃれに見えるのだ。


「女性用のワンピースも素敵じゃない?」


 ララノアがもう一つのデザインも褒める。


 女性用の方は、明るい灰色を基調として黒色の独特の模様が入った民族衣装っぽいワンピースで、その上から茶色系のベストを重ねた、こちらも男性と合わせている形だ。


「黒色の模様が難しそうだけど大丈夫?」


 デザインを気に入ったカイナが、キナコに聞く。


「型を取って別に作り、それを縫い付ければ簡単よ、問題ないわ」


 キナコもアルのデザインを頭の中ですでに形に出来ているのか、すぐに応じた。


 この、数日後。


 このデザインの服がコウとカイナ用、ララノア用に作られお披露目されるのだが、村長のヨーゼフもそのデザインが気に入って、日常着として着るようになる。


 そして、右腕の『太っちょイワン』やダンカンをはじめとした髭なしグループも次々に着始めると、真似する者が続出し、その系統の服がエルダーロックの村内で浸透していくのであった。

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