第57話 村での日常 第二章
バルバロス王国南西の辺境に位置するダーマス伯爵領。
そこは隣国との国境にある山脈地帯を挟んだ領地で、その一部の土地を購入したドワーフ族が定住している。
村の名は『エルダーロック』。
村長はヨーゼフというドワーフで、住人の大半はドワーフと大鼠族がほとんどである。
大鼠族は土地を持たない行商を中心として各地を巡る種族だが、この村には定住している者も多かった。
その『エルダーロック』の村は、村が出来てまだ、一年も経たないのだが、その村の周囲はすでに立派な防壁で十重二十重に囲まれ、守りも強固そうである。
その防壁作りに大きく貢献した者が、村の外れに中々大きな家を建てて、住んでいた。
その人物は緑の髪色に茶色の目をした一見すると人間の子供にしか見えないドワーフで、人族との混血である。
同居する女性は、紫色の長髪に青い目をしたダークエルフだが、その肌は種族の特徴である浅黒い肌の色よりもやや薄い。
それもそのはず、こちらも人族との混血なのだ。
その見た目は同居するドワーフという種族の好みに反するが、とても人族の男を魅了しそうなスタイルである。
ただし、血や肌の色で種族差別の対象になりやすいところである。
二人とも、混血という事で、以前はその見た目で同種族から差別を受けていたのだが、ドワーフの方はその働きでようやく同族から認められていた。
そして、ダークエルフの女性もそのドワーフの村で、汚染された水を浄化した働きが認められ、種族を超えた仲間として迎え入れられている。
「コウ、今日の予定はどっちだった?」
ダークエルフの女性が、少年のような見た目のドワーフに聞く。
「今日は、鉱山で掘削作業だよ。ララは?」
緑色の髪のコウは同居人のララノアにも予定を聞き返した。
「私は宿屋のポサダさんのところで食堂のお手伝いよ。鉱山にもお昼の食事を配達に行くと思うわ」
ララノアは十六歳、成人したての女性だ。
コウは十八歳だから、普通ならこの二人の関係は気になるところだろう。
だが、ララノアはダークエルフと人族の血もあって、見た目が少年にしか見えないコウの事は、恋愛対象としてあり得ないところであった。
コウはコウで、ドワーフの血が流れている。
そのドワーフの好みの傾向として、人族のような身長の大きな女性には興味がなく、背が低く可愛らしい女性が好まれるのだ。
コウもドワーフとして十八年間過ごしていたからその傾向は強い。
だが、前世の記憶が蘇った事で微妙にララノアを意識しないわけでもない。
だが、ララノアの方がコウを異性として意識する事が全くなく、サバサバした性格なので、コウの方も無駄に意識する事なく同居にも差し障りなく過ごしていた。
特に家に設置しているお風呂でラッキースケベなイベントが起きる事もあるのだが、ララノアはドワーフの上に少年の姿コウに対しては、恥ずかしがる素振りも見せないから、コウの方も少しドキドキはしたが、必要以上にリアクションする事なく、何も起きていない。
「今日はカイナが来る日よね?」
ララノアが少しコウを茶化すように言う。
カイナとは村長であるヨーゼフの娘であり、コウの幼馴染にあたる。
と言っても半年前まではコウも話す機会もほとんどなかった関係だが、現在は魔法の練習に付き合ってくれたり、一緒にお酒を飲んだりと親しい関係になっていた。
どうやらララノアは、コウがカイナに気があると思っているようだ。
まあ、ララノアにとってカイナは同い年で種族を超えた友人であり、魔法を使えるようになるきっかけをくれた恩人でもあったから、二人の事は何かしら感じるものがあるのかもしれない。
「カイナも来るけど、ダンカンさん達も飲みに来るよ」
コウはこの友人に茶化されるのは嫌だったので、動揺する事のないように応じる。
「ダンカンさん達が来るの、今日だったのか……。コウってもしかして……、奥手なの?」
ララノアは直球に聞いてきた。
「ぶっ!」
コップを手に中のミルクを口に含んだコウは、思わずその質問に噴き出した。
「あははっ! ちょっと、コウ、汚いでしょ!」
ララノアが笑いながら、注意する。
「ゴホッ、ゴホッ! 変な質問するからだよ! 僕には僕の考えがあるんだから、変な事を言わないでくれるかな?」
コウはこの同居人の不意の踏み込んだ質問に困惑しながら答えた。
「ほら、二人がそういう関係になったら、私も居づらいから考えないといけないかなって、思ったのよ」
ララノアは友人同士が引っ付く事に問題はないのだが、住む場所がなくなる事を考えると意外に深刻な話ではあったのだ。
「ララはいつまでもこの家にいてくれていいから心配しないで大丈夫だよ。僕もこの十八年間、女性の影なんてなかったから、急に彼女ができるとかありえないしね?」
コウはこの友人の気を遣った物言いが、嬉しくて安心させるように、事実を淡々と伝える。
「……やっぱり、経験ないのね? 道理でカイナちゃんみたいなかわいいドワーフの子が傍にいて、なんでその気にならないのかしらと思っていたのよ」
ララノアは包み隠す事なく正直な気持ちを口にした。
お互い友人として良い意味で気を遣っていない証拠だろう。
「そういうララはどうなのさ! 経験ありそうではあるけど……」
コウはララノアの大人のスタイルを見ると、最初は勢いで聞き返したものの、ありそうだと思うと尻すぼみな聞き方になる。
「私はないわよ? これでも身持ちは固いの」
ララノアはその大きな胸を張ると、自慢げに応じた。
「僕と一緒じゃん!」
コウは思わず突っ込みを入れる。
「男と女ではその意味合いが違うのよ。うふふっ」
ララノアしれっとそう答えると笑う。
「朝からどっと疲れた気がする……。──じゃあ、先に出かけるね?」
コウは苦笑してララノアにそう答えると、魔法鞄に収納している道具を確認し、忘れ物がないと判断して、採掘仕事の為に玄関に向かう。
「いってらっしゃい」
ララノアの見送りの言葉を背に、コウは今日もいつもの日常に戻るのであった。
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