第23話 時間稼ぎ

 コウを支持する髭無しドワーフグループのダンカンは、捕らわれていたドワーフ達を引き連れ、一生懸命走って馬車へと向かっていた。


 他の仲間は次の作戦の為にドワーフの集落に散っている。


「みんな、馬車に乗り込んで先に南の領境まで向かってくれ! そこまで行けば、仲間が迎えに来ているはずだ! それと内から半数護衛に出す、詰めて乗ってくれ」


 ダンカンは女子供もいるドワーフ達を馬車に乗り込むのを確認して、その中の年長者のドワーフに告げた。


「……こんな事になるとは……。すまなかった……」


 年長者ドワーフは人質になった事を謝罪した。


 彼らにしてみたら、この地で差別はあるがそれなりの財産を築いてマルタの街内にも家を持てていた。


 彼らは他のドワーフより良い生活をしていたのは間違いなかったから、残るという選択肢は至極当然だったのだろう。


 ドワーフ族は人間の国家に所属する以上、差別とは切っても切り離せない間柄だったから、新天地が今以上に良い暮らしを出来るかどうかなど期待していなかったのだ。


 それなら、家も安全な場所も確保できている今を手放す道理はない。


 だが、それも幻想だった。


 この街の長、マルタ子爵が想像以上にドワーフの人権を認めていない人物だったからだ。


 これまで何年もの間時間をかけて手に入れてきた財産も一瞬で奪われ、抵抗した息子も斬り捨てられた。


 年長者ドワーフは残された妻や孫達を守る為、協力すると言って捕らえられたが、他の仲間を捕らえる為の人質として利用されたのだから、謝るしかないのであった。


「過ぎた事は仕方ない。あんたも家族との生活を守る為に選択したのだろう? 間違ってはいないさ。間違ったとしたらそれは人間を信じた事だろうが、それはあんたを騙したあいつらが最低だっただけで、あんたは悪くないよ」


 ダンカンは年長者ドワーフの肩を叩くと、自分は仲間の下に駆けていく。


「……ありがとう。死ぬなよ……!」


 年長者ドワーフは全員が乗るのを確認すると御者台の横に座る。


 御者の髭無しグループの一人が馬に鞭を打ち、南へと向かうのであった。



 そんなやり取りがされている頃、コウは戦斧を握りしめて、集落の出入り口で仁王立ちしていた。


 髭無しグループはコウの合図を待って集落内に待機している。


 そこに道を妨害する倒木をようやく越えてきた領兵達の一団五十名程が、先行してやってきた。


「いたぞ! さっきのハーフドワーフだ! ひっ捕らえて人質とし、他のドワーフのけん制とするのだ!」


 隊長がそう指示すると、領兵達も「「「おう!」」」と賛同して剣を抜き、コウに肉薄する。


 どうやらまだ、集落にドワーフ達がいると思っているようだ。


 実際のところは前日の夜には、みんな南の領境を目指して出発しているから、集落にはドワーフは一人もいない。


 コウは、向かってくる敵を前に一つ深呼吸をすると、コウには大き過ぎる戦斧を握る手に力を込める。


 そして、柄の末端を握ると向かってくる領兵をけん制するように、風を作り出すようにブンと力強く一振りしてみせた。


 領兵達はその巻き上げるあまりに強い突風に文字通り押し戻された。


「「「ひっ!」」」


 領兵達はその一振りだけで、コウがただの少年の見た目のハーフドワーフではない事がわかって足を止める。


「何をしている! 早くそのドワーフを捕らえないか!」


 隊長は後から続々と合流して来る領兵達を背に先行している者達に命令し直す。


「「「お、おう!」」」


 領兵達もドワーフ相手に怖気づくのは恥ずかしいと思ったのか、気合を入れ直した。


 すると、今度はコウがその柄の長い戦斧を今度は線を引くように、ゆっくり地面をなぞる。


 するとドワーフの集落の出入り口を中心に半円が描かれた。


 そして、


「ここから先に入ったら、この戦斧でみなさんの胴体を真っ二つにします! これが最後通告です!」


 と大声で威嚇した。


 これにはコウの素振りを見た領兵達はゴクリと息を吞む。


 実際、この戦斧による素振りは大きな風切り音を立てて、先行の領兵達を風圧と共に圧倒していたから、文字通り領兵達は足がすくんだ。


「ええい、前衛交代せよ! ──盾隊前へ! その盾であのハッタリドワーフを圧し潰せ!」


 隊長は怒り狂って、命令する。


 隊長の命令で右手に槍と重装備で大きな盾を構えた領兵達が前にずらっと並び、コウを包囲するように前進してきた。


 そして、コウが警告した半円状の範囲を越えて来る。


 つぎの瞬間であった。


 コウが自慢の戦斧を振りかぶり、構えられた盾の集団に横殴りに一閃する。


 すると盾は紙のように真っ二つに切り裂かれ、その時に起こった突風により重装備の領兵達が少し押し返された。


 中にはひっくり返る者もいる。


 これには命令した隊長はおろか、これを目撃した領兵達も呆然とした。


「戦斧を持ったドワーフは最強! ──わかったかー!」


 コウが、転げた重装備の領兵達を一喝した。


「「「ひえっ!」」」


 転げてその鎧の重さで立ち上がれない領兵達は他の領兵の手を借りてよたよた立ち上がると怯えて後退した。


「ば、馬鹿者! 何を怯んでいる! 相手は小さいただのドワーフだぞ! 奴を仕留めたら、賞金を出す、皆の者こぞって討ち取れ!」


 隊長が不甲斐ない領兵達を叱咤すると、コウの首に賞金を懸けた。


 それでも前衛にいる者達は足が竦んで動けない。


 今、前に出ればあの大きな戦斧の一振りで胴体が真っ二つになるだろうと予感したからだ。


 そんな中、後続の領兵の中から、手を挙げる者がいた。


「そいつの首は俺が貰う! 賞金も出るならなおさらだ!」


 そう言って前に出てきたのは、鉱山責任者ダンの部下であり、コウと三番勝負で負けた男であった。


 その後ろから上司であるダンも付いてくる。


「隊長、うちの部下があいつを仕留めたら、集落で接収する物品の三割をもらいますよ?」


「三割!? 馬鹿を言うな、一割が精々だ!」


「二割!」


「一割だ!」


「……ではその一割、マルタ子爵への報告は無しですよ?」


「わかった……。──とっととあいつを仕留めよ!」


 隊長はダンとの取引に応じると、剣先をコウに向けて、仕留めるように急かすのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る