第6話 呼び名

『半人前』こと名前を得たコウは、鍛冶屋でバイトを再開してから一週間で、右足と左腕を固定していた添え木もドワーフ医者ドクの判断で外される事になった。


「本当に呆れるわ。左腕も右足も複雑に骨折していて元に戻るかもわからない状態だったのに、この短期間で治ってしまった。お前、回復力が医者泣かせだぞ!」


 ドクは笑ってそう言うと、コウの背中をドワーフの怪力で思いっきり叩く。


「ゴホゴホ……! じゃあ、僕、明日から鉱山復帰していいんですね!」


 コウは少し咽てから、ドクに確認する。


「ああ、ダンカンにもそう伝えておく。明日から現場復帰で問題無い。だが、お前、鉱山ではクズ石運びしかさせてもらっていなかったんだろう? この機会に他の仕事を探すのも手だぞ?」


 ドクはコウがドワーフの中でも差別を受け、生きづらい状況である事はある程度最初から察していたし、ダンカンからもその話を聞いていた。


 一人前と認められ、名前も名乗れるようになったが、全員が全員認めているわけではないから、コウの現場復帰は歓迎されるかわからないところがある。


 それにコウはドワーフとしての見た目が欠如していたから、その姿から『半人前』扱いされ続ける可能性は高いのだ。


「少なくともダンカンさんや他の八人のドワーフのみんなに認められただけで、自信がつきました。それだけで僕は頑張れます!」


 コウはそう言うと、ドクに感謝して病院をあとにする。


「……あんなに心が強い奴だったか? ──まあ、頑張れよ……」


 ドクはその背中にエールを送ると、やって来た急患で来たドワーフの相手をするのであった。



 そして、鉱山の現場復帰、初日。


「あ? 『半人前』が、名前を名乗っている? 誰が一人前と認めたんだ?」


「何でもダンカンや例の落盤事故で命を助けられた連中が『半人前』を認めたらしい」


「あれって近くのドワーフ達全員で力を合わせて大岩を動かしたって聞いたぞ?」


「俺もそう聞いたな。それに、『半人前』は見た目がドワーフとして筋肉も無ければ、立派な髭もない。あれで一人前とは俺は認めんよ」


「「「俺もだ」」」


 事情をろくに知らない他のドワーフ達は、コウという名を口にせず、あくまでも『半人前』と呼んだ。


「俺達の命の恩人を『半人前』呼びするんじゃねぇよ!」


 そこへダンカンの大きな声が鉱山前の広場に響いた。


「うん? お前、誰だ……? いや、ダンカンか!?」


「なんだその姿!?」


「ぷっ!? 血迷ったのかダンカン!?」


 声がする方を振り向いたドワーフの鉱夫達はダンカンの姿を見て一様に笑ってしまった。


 それは、ダンカンが立派な髭を全て剃って、右頬に十字の傷を持つつるつるの顔になっていたからだ。


 よく見るとその後ろに並んでいるドワーフ達も一人前を証明する立派な髭を剃り落とし、つるつるの状態で立っていた。


 顔の至る所に剃刀で怪我をしたのか傷跡がある。


「髭があろうがなかろうが、コウは俺達が認めた一人前のドワーフだ! それを知ってもらう為に俺達も髭を剃った!」


 ダンカンは恥ずかしそうな素振りを見せる事なくそう宣言する。


 他のドワーフ達はまだ、ずっとあった髭が無くなった事でそわそわしていたが、ダンカンの言葉に賛同するように強く頷く。


 その姿と言葉にコウは、驚きと、みんなの熱い気持ちになんとも言えない嬉しさが溢れ、涙が目一杯に浮かんだ。


「コウ! お前は命を賭けてこいつら八人の命を救った英雄だ。その場にいなかった何も知らない連中が何と言おうと、お前は俺達に一人前と認められたドワーフだから胸を張れ!」


 ダンカンが丸まった背中でたたずむコウの背中をバシッと叩いて背中をシャキッと伸ばさせる。


 その瞬間、目に溜まったものが一気にあふれ出た。


 もちろんそれは、痛みからなどではなく、初めての優しく温かい応援の言葉からである。


「……はい!」


 コウはうれし涙を流しながら返事をする。


 ダンカン達は泣くコウを笑って優しい言葉で励ますのであった。


 こうして、怪我からの復帰初日は、認める認めないに関係なくコウは、「『半人前』のコウ」と呼ばれる事になった。


 どうしても、その人間の少年のような姿に抵抗があるドワーフが多かったから、枕詞として名前の前に付けて呼ぶ者が多かったが、それでもダンカン達の行動で、他のドワーフ達が妥協してくれた結果であった。


 そのダンカン達の応援のお陰か、コウの働きぶりはこれまで以上に他のドワーフ達の目に付きやすくなった。


 もちろん、怪我前と怪我後では、コウの力は段違いになっており、クズ石運びも軽やかな足取りで運ぶ姿に、


「『半人前』のコウって、あんなに仕事出来る奴だったのか……。今まで気づかなかったぜ……」


「俺も、あいつに興味なかったから今まで気づかなかったが、見た目以上に力があるんじゃないか?」


「俺もそう思った。さっきもどでかい石を担いで走っていたぞ?」


 今まで注目を浴びる事無く、ただひたすら、他のドワーフの邪魔にならないようにクズ石を運ぶコウであったから、いつもと変わらない仕事をしているだけで注目を浴び、さらには評価が一転しつつある言葉が聞こえてきたから嬉しくて仕方がなかった。


 それもこれも死にかけて前世の記憶を思い出し、リミッターとやらが外れて、本来の能力というものが解放されたらしいからだったが、コウはその事について不思議に思っていた。


 そんな疑問を解消してくれそうな存在であった脳内で響く『声』も、大岩を無理やり動かした時に壊れたように聞こえなくなってしまっており、自分の能力がどの程度なのかは知りようがない。


 それにあの時、一度解放された能力も自分の怪我の治療の為に、一部力の制限されてしまったのは最後に『声』が告げていた。


実際、大岩を一人で動かせたのに、制限がかかると力が落ちたのは確かだ。


 しかし、あの致命的な怪我からの復帰、そして、ドワーフとしての特徴である怪力や鍛冶能力などが、以前よりも増大しているのは、動いてみて実感していたから、生活に支障がないどころか、十分に能力はありそうである。


 だから、これからその力を活かして他のドワーフ達にも認めてもらおうと、目標を立てるコウであった。

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