第5話 掛け持ちの仕事

 コウの住むこの街は、マルタと言い、通称・鉱山の街と呼ばれている。


 このマルタの街は通称の通り、鉱山を生業にしている街であり、街の人口の十分の一もの数がドワーフという特殊な地域であった。


 なぜそれが特殊なのかと言うと、この街は人間が治める街であり、ドワーフは異種族として差別の対象になっているからだ。


 コウはそのドワーフの中でも半分人間の血が流れているハーフドワーフとしてドワーフから差別を受けていたが、それは人間からドワーフはモグラと蔑称され、忌み嫌われ、粗末に扱われてきた事への反発の現れだったのかもしれない。


 と言っても、人間からするとコウはドワーフの血が半分入っているのだから、どちらにせよコウは人間とドワーフどちらからも差別の対象でしかないのだが……。


 ただ、コウの姿は一見すると人間の子供の姿であったから、人間からするとドワーフと一緒に行動する気味の悪い子供と映っていった。


「お母さん、あの怪我している子、ドワーフと一緒にいるよ?」


「見るんじゃ、ありません! あの子は、いえ、あれはドワーフの血が流れているからあちら側なのよ」


 街中の鍛冶屋の前でドワーフと話していたコウが人間の親子に指をさされて陰口を言われる。


「……いつもの事、だ」


 コウには慣れたはずの差別の言葉が、前世の記憶を思い出した事で、物事の捉え方が変わってきていた事で少し傷つき、自分にそう言い聞かせて慰める。


「──おい、聞いているか? 本当に大丈夫なのか?」


 鍛冶屋の店主であるドワーフが上の空のコウの姿を見て再度確認した。


 この鍛冶屋はコウが鉱山でのクズ運びの仕事と掛け持ちでバイトしているお店である。


 半分人の血が流れている『半人前』のコウを雇う物好きがいるのかと他のドワーフなら思うだろうが、この鍛冶屋のドワーフにも事情がある。


 それは、単純に人手不足だからだ。


 ただしそれは、ただの人手不足ではなく魔力持ちの人手不足であった。


 ドワーフの弱点の一つに魔力特性持ちが少ない事が挙げられる。


 この鍛冶屋のドワーフも鍛冶師としての腕は一流だが、魔力特性がない為、不利な事があったのだ。


 それは、金属を鍛錬する際、金槌で叩くわけだが、魔力を込めながら強く叩く事でただの鉄を魔鉱鉄に変化させる事が出来る。


 魔鉱鉄とは魔力が含まれた合金の事で、一流の鍛冶師なら扱うべき必須の金属であるが、魔力持ちの助手を集めるか、自分で魔力を注いで叩かないと、この魔鉱鉄には変化しない。


 だが、このドワーフの鍛冶屋は鍛錬の技術が一流でも肝心の魔力特性がない為、こうして魔力持ちの助手を雇って魔力を込めてもらうしかないのだ。


 その点、魔力があり、ドワーフの下で働く事を苦にしない『半人前』のコウは都合が良いから雇っているのである。


 そのコウが大怪我をしてバイトを長い事休んでしまい、この鍛冶屋のドワーフ、イッテツは困り果てていた。


 ドワーフの場合、魔力特性があるのは女性が多く、男は少ない。


 なら、女性ドワーフを雇えばいいのだが、女性ドワーフは、男ドワーフに比べたら腕力の方が足りないので弱い力で鉄を叩かせるとバランスが悪い魔鉱鉄が出来てしまう。


 だからまだ、中途半端に力があるコウくらいが鍛冶屋として最低ラインだったのだ。


 そのコウが、改めて仕事をさせてくださいとお願いにきたから、その包帯姿をみて、心配になりイッテツは確認したのである。


 その心配は別にコウの心配ではなく鉄を叩く力がその怪我で発揮できるのかという事だ。


 ただでさえ、コウの力は『半人前』と呼ばれていた通り、ドワーフとしては中途半端でギリギリの線だったから、怪我明けでその姿を見ると到底大丈夫そうには見えない。


「大丈夫です。以前よりも力は付いているので、この右腕一本で鍛錬作業は出来ます!」


 コウも必死である。


 なにしろ鉱山での仕事はダンカンに完治するまで復帰は駄目だとストップがかけられていたからだ。


 怪我を心配してくれての事だが、コウにも生活がある。


 正直な話、入院している間にお金は底をついていたから、仕事をもらわないと生活が出来ない。


 だから、ダンカンには内緒で掛け持ちのバイト先である鍛冶屋に松葉杖を突いてやってきていたのである。


「……本当に大丈夫なんだな?」


「はい!」


「……とりあえず、中に入れ」


 鍛冶屋のイッテツは、そう言うと店先でコウと話して目立つのも嫌だったので店内に入れる。


 店内は当然ながら炉に火が入っているから、室内は蒸し風呂のように熱く、コウはその凄い熱気ですぐに体が熱を帯びてくるのが分かった。


 一か月ぶりのこの感覚にコウは頬が上気する。


 この辺りはやはりドワーフの血が騒ぐというところだろうか?


「とりあえず、本当に右腕一本で鍛錬できるか確認する。金槌を持ってみろ」


 イッテツがそう言うと、コウは金床の傍に置いてあった重そうな金槌をひょいと持ち上げる。


 コウが思った通り、やはり、力は以前とは比べものにならないくらいについている。


「……確かに以前の両手で持っていた時より、軽々と持ち上げるな……。よし、丁度、今、炉の中に鍛錬中のツルハシの頭部分があるから、それを叩いてみろ」


 イッテツはそう言うと、炉に平箸ひらばしを突っ込み、高熱で赤くなったツルハシの頭部分を取り出して、金床に置く。


 コウはその熱で顔に汗がブワッと噴き出るのを感じながら、手にした金槌に魔力と力を込めその高熱の塊と化した鉄を叩いていく。


 すると火花が派手に散りながら、金属音が作業場に響くのだが、鍛冶師のイッテツはそれを見て呆然としていた。


 以前のコウの叩いていたその音とは全く違う、力強い音に心奪われたのだ。


「……こいつは驚いた……。大怪我して戻って来たと思ったら、見事な音を鳴らすようになっていやがる……」


 イッテツが感心している間に、ツルハシの頭部分の鍛錬は無事終わった。


 その後の仕上げはイッテツが黙々とやっていたが、ずっとなぜか唸りながら作業をしている。


 コウは「何かミスをしたのかな……」と心配になっていたが、しばらくするとイッテツが口を開く。


「『半人前』、お前、他所で同じ事はしない方がいいかもしれん。というかこのツルハシは、お前が使え」


「え?」


 コウは意味が分からず聞き返す。


「このツルハシの頭部分、この俺でも見た事がない程、見事な魔鉱鉄化していやがる……。いや、これは多分、その上の『超魔鉱鉄』化かもしれん……。俺もお目にかかるのは初めてだが、こんなものが作れると知られたら人間どもに、死ぬまでこき使われて終わりだぞ……?」


 イッテツはそう言うと、ツルハシに柄を付けて布で覆い、コウに渡した。


「……えっと。これは他のお客の品だったのでは……?」


「馬鹿野郎、こんな超一流ブランドのツルハシにも負けない代物、気軽に客に渡せるわけないだろう! それは『半人前』……、いや、コウの復帰祝いだ、持ってけ!」


 イッテツは日焼けした顔を少し赤らめると、コウをドワーフの一人前と認めて、ツルハシを押し付けるのであった。



 それからコウはイッテツのアドバイスで、鍛錬での魔力の込め方から力の入れ具合の加減を覚えさせられる事になった。


 その間、失敗作? として、『超魔鉱鉄』化したスコップ、金槌、杭などを作り出す事になるのであったが、それらもコウの復帰祝いとしてイッテツから貰い、コウは鉱山の仕事復帰を前に、超一流の道具一式が揃う事になるのであった。

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