第38話 秘策『ミニチュアグラン』

 「グラン流──『ただの一振り』……!」


 グランの背中をずっと一番近くで見てきたシンシア。

 彼女の剣技が、双子の姉イルミアの片翼をく。


「くぅっ……!?」

「イルミア!?」


 イルイルと呼ばれる双子姉妹の『七傑』。

 二人の、お互いの能力を上げる【天使化エンジェライズ】の象徴として生やした天使の羽の一つが、シンシアによって斬られた。


 会場のボルテージはまた一つ上がる。


「「「うおおおおおおおおお!!」」」


 負け濃厚と思われたニイナとシンシア。

 決して高くなかったシンシアへの期待。


 それらが見事に裏切られたからだ。


「ニイナ、平気!?」

「ええ!」


 イルイル側の態勢が崩れ、分断されたニイナとシンシアが合流。

 戦況は五分イーブン……否、ニイナ・シンシア側へと傾いている。




 この状況には、グラン側待機所も驚きだ。


「シンシア君、ニイナ君……!」

「彼女ら、強いね」


 アウラとシャロンは強くうなづく。

 ただ一方で、グランは予想通りのような表情だ。

 

「シンシアは強いですよ」


 グランは自信を持ってそう口にした。




 そして、視線は再び闘技場へ。


「ニイナ、今がチャンスだよ」

「……!」


 シンシアが横目で指示を入れ、ニイナが強くうなづく。


「ええ……!」


 態勢を整え、二人はついに秘策を発動する。

 こちらに傾きつつある戦況。

 ここで一気に試合を決めてしまおうと言うのだ。


「いくわよ!」


 ニイナは自身の『世界樹の杖』に魔力を込める。

 グランの対決と同様、いやそれ以上のものを。


 ニイナも成長を続けているのだ。


「はあああああああッ!」


 杖に【火】・【光】・【闇】の三属性が集まる。


 これは彼女の奥義とも言える魔法。

 グランとの対決でも見せた大技である。


「【原初の炎】」


 本来は相性の悪い【光】と【闇】。

 二つを調和させることで生まれる、爆発的なエネルギーを持った球。

 加えて、それを【火】が囲うことで、さらに威力が底上げされる極大魔法だ。


 この三属性を持つニイナのオリジナル魔法である。


 だが、今回の用途は少し違う。


「シンシア!」

「うん……!」


 【原初の炎】を放った先は──シンシア。


 攻撃ではない。

 シンシアを優しく包み込むように。

 彼女にまとわせるように。

 

 すると、どうなるか。


「これなら……!」


 三属性を宿す、グラン流剣術を持つ魔法剣士が誕生する。

 ここに『縮小版ミニチュアグラン』の完成だ。


 今のシンシアは、誰よりもグランに近い。

 それはすなわち、誰よりも最強に近いことを意味する。


 これが、ニイナとシンシアの秘策だったのだ。




「「「うおおおおおおおおお!!」」」


 まさかの秘策に会場は大盛上がり。


 度肝を抜かれたのはグラン陣営も同じだ。

 いち早く目を見開いたのは、シャロン。


「へえ……!」


 そしてアウラは、ちらっとグランを覗き見た。


「まるでグラン君だな」

「そ、そうですかね」


 あいまいに返事をするグラン。

 だが正直、心の中では同じことを思っていた。


(そうきたか〜。……ちょっと照れるな)


 それもそのはず、ニイナとシンシアの秘策は、グランの戦闘スタイルから発想を得ている。

 剣と魔法をたくみに使った戦闘スタイルの事だ。


 彼をずっと追いかけてきたニイナとシンシア。

 そのスタイルを最強だと信じる二人だからこそ、思い付いた連携技なのだ。


 ──しかし、戦っているのは『七傑』。

 それも、ペアにおいてはこれ以上いない相手だ。


 イルイルはすっと目の色を変える。


「「やるじゃない」」


「「……ッ!?」」


 声をそろえ、再び天に手を掲げた。

 だが、二人は灯した属性は──【闇】。


「「生意気なたち」」


 イルイル側には、遊び半分の気持ちがあった。

 ニイナ・シンシアを格下ととらえ、エンターテイメントぐらいに考えていたのだ。


 だが、ここにきて二人を認めた。

 立派な『敵』として認識したのだ。


「「──闇よ」」


 黒い【闇】属性が二人を包む。

 神聖な白の両翼に、黒が刻まれていく。


「「【堕天使化フォールン・エンジェライズ】」」


 そして、イルイルは白と黒が混ざり合った羽を生やす。

 

 これは光と闇。

 その二属性が合わさった時の爆発力は、


「これって……!」


 ニイナが誰より知っていた。

 

 それでも、秘策まで用意してきたのだ。

 ここで負けるわけにはいかない。


「シンシア」

「うん!」

「ここからは総力戦のようね……!」


 ミニチュアグランとなったシンシアを前衛に、ニイナが後衛から援護する形の二人。


 対して、


「「うふふふっ」」


 寸分違すんぶんたがわず息の合ったコンビネーションにより、自由に戦うイルイル。


「「はあああああああッ!」」


「「散りなさい」」


 両者が再びぶつかり合う──。


 



 しばらく経ち、


「ぐっ……」

「ハァ、ハァ……」


 先に息が切れたのは、ニイナ・シンシアコンビ。

 ただし、イルイルもかなり消耗して見える。


「中々やるわね……」

「本当に、ね……」


 だが、明らかにダメージを負っているのは、ニイナ・シンシア側だ。


 両コンビの総力はほぼ互角。

 差を付けたのは──コンビの期間・・だ。


 お互いの行動が手に取るように分かるイルイル。

 対して、友達とはいえ、ニイナとシンシアが培った時間はせいぜい三か月。


「わたしがもっと強ければ……」

「違う。私が……」

 

 その期間の差が、徐々に協力の遅延ラグを生み、ほころび始めたのだ。


 ──それでも。


「出し切りましょう、シンシア!」

「う、うん……!」


「「終わらせましょう……!」」


 そして、最後の攻防。

 立っていたのは──イルイル。

 

『勝者、アリア陣営!』


「「「わあああああああああッ!!」」」


 良い意味で裏切られた戦い。

 予想以上に接戦となったことで、会場はかつてないほど歓声に包まれた。

 

 中央での礼を終え、ニイナとシンシアはフラフラながらに待機所に戻ってくる。


「……っ」

「ごめんなさ──」

「よくやったよ!」


 だが、謝る隙も与えず、グランが二人をたたえる。

 すぐに回復魔法も施し始める。


「……あなた」

「……グラン」


 自分を許しきれないほどの悔しさも、グランの温かさに触れてどこか薄まっていく。

 そんな二人に、アウラとシャロンも寄ってくる。


「二人とも、全くコンビに負けていなかったぞ」

「すごかったよ。本当にね」


「「……!」」


 みんな健闘を讃えているようだ。

 その温かさに触れ、二人は託した。


「どうか……」

「次をお願いします」


 悔しくないわけがない。


 それでも、まだ0勝1敗。

 次に勝てば大将戦となる。


 ニイナとシンシアの震える手を──


「任せておけ」

「大役だなあ」


 アウラとシャロンが受け取った。

 中堅戦はこの二人だ。


 ここで勝てば、大将──グランにつながる。

 そこまでいけば勝ちも同然。


「なんとしても……!」

「勝たないとね」

 

 序列三位──『七傑』アウラ・フェイティア。

 序列七位──『七傑』シャロン。


 グランを一対一の大将戦に据えることを考えれば、これ以上ない二人である。


 となれば、あとは対戦相手のみ。

 グラン陣営の五人は、アリア陣営の待機所に目を向けた。


「……」


 イルイルを除けば、いるのは三人。


 序列一位──アリア。

 序列二位──アリアの側近。


 だが、あと一人は知らない人物がいたのだ。


 仮面を被っており、特殊な装備を付けているのか、まったく魔力を感知できない。


 代わりにいないのは、序列六位の男。

 その男ではないことは、アウラとシャロンの情報により分かっている。


 アウラは口にした。


「あの者が出てくるのだろうか」

「だろうね」


 そう答えるシャロンだったが、果たして──。





 そうして、会場も一度落ち着いた頃、司会が進行を再開した。


『続きまして、中堅戦を始めます』


「「「わあああああああッ!!」」」


 会場は徐々にボルテージを上げていく。

 まずは、グラン陣営から。


『グラン陣営、アウラ・フェイティア、シャロン』


「きゃー!」

「アウラ様ー!」

「応援しておりますー!」


「シャロンさーん!!」

「寮長〜!」


 アウラを応援する者から彼女のファンクラブ、またグラン達の寮メンバーが声を上げる。


 対するは、


『アリア陣営、セリンセ、』


 『セリンセ』はアリアの側近。

 全体序列二位の肩書きを持つ者である。


 だが、ここまでは想定内。

 問題は──次の人物だった。


『アリア・アリスフィア』


「「「……!?」」」


 グラン陣営は一斉に振り返る。

 アリアは大将戦に出てくると思っていたのだ。


 対戦するアウラ・シャロンは冷や汗をたらす。


「アリア……!」

「これはちょっと……予想外だね」


 シャロンは対戦経験はないが、アウラはアリアに対して0勝3敗。

 今までから考えれば圧倒的に不利だ。


 また、その反応を楽しそうに眺めるアリア。


「ふふふっ」


 いつも通りに不敵に笑う。


「さて、終わらせましょうか」


 どうやら、予想通りの展開のようだ。

 ここで勝負を決めにいくことまでも。


 ──それでも。


「勝つぞ、シャロン」

「もちろん」


 アウラは強く一歩を踏み出した。

 この日こそ、アリアに対し、アリア派に対し、一勝をもぎとるために──。





───────────────────────

先鋒戦は、惜しいながらグラン陣営の敗北です。

ですが、七傑二人相手に一年生のニイナ・シンシアが大健闘だったでしょう!

戦いの行方は、アウラ・シャロンに託されました!

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