第24話 私にとっての英雄
「【虹の裁き】」
全属性魔法によって作り上げた虹を、剣に宿らせたグラン。
その六属性の剣が、グローリアを
「急所は外した。それでもかなりのダメージだと思うけど」
「……っ」
すでに答える余裕のないグローリア。
体は宙に浮き、薄れゆく意識の中で、ふとグランに視線を向けた。
(なんだ……?)
グランの背後から見えたのは──「影」。
幻影なのかイメージなのか、それは定かではない。
それでも、グローリアはたしかに見たのだ。
グランから飛び出る
「──!」
そして、その中の一つに見覚えがあった。
(あれは……『剣聖』の影?)
顔は見えないが、シルエットは一致する。
グローリアはそれが『剣聖』だと確信した。
(苦い記憶だな)
グローリアは『最も英雄に近い者』と呼ばれ始めてから、剣聖ザンに辿り着いたことがある。
───
数年前。
グローリアは、里を出ていた剣聖ザンを訪ねる。
そこであろうことか、決闘を申し込んだのだ。
「君に勝ったら、僕も正式に英雄と名乗らせてもらう」
「あー? いいぜ別に。俺もそこまで名声に興味はねえ」
「ほう」
「……だがな」
剣聖ザンは剣を抜いた。
「『英雄』は、お前にやれるほど安くは売ってねえよ……!」
「これが、剣聖……!」
そして、グローリアは圧倒的に敗北する。
そんな時、剣聖ザンはある言葉を残した。
「俺んとこのガキに会った時は、あんまり怒らせねえことだな」
───
「……!」
グローリアの中で、点と点が
(お前がそうなのか。……そして、剣聖と同等の他の影)
「フッ」
(
「勝てるわけがなかったな」
グローリアは地面に倒れた。
そして、闘技場内では【虹の裁き】によって勝敗が決していた。
『勝者、グラン!』
「「「わああああああっ!!」」」
審判のコールにより、観客は最高潮に盛り上がった。
『英雄に最も近い者』に、入学したばかりの少年が勝って見せたのだ。
「ふぅ」
珍しくグランが剣を杖代わりに立つ。
やはりグランにとってもそれなりの魔法だったようだ。
(もうちょっと効率的に発動できないかな)
それでも、次への向上心に
そして、グランは観客のある一点を振り返る。
「シンシア」
シンシアの座っていた場所だ。
彼女に向かって手招きをした。
「グラン。 ──っ!」
「ちょ、ちょっと! 待ちなさいよ!」
シンシア、隣にいたニイナも慌てて付いて来る。
「グラン、ありがとう。やっぱりすごい」
「ははっ、そうかな。……それより」
「うん」
二人は倒れているグローリアに目を向ける。
「僕にはもう抵抗の意思はない」
「だろうな」
一応、グランは縛りの魔法をかける。
しかし、グローリア自身も
だがそこに、周りの教師陣もグラン達の元へ寄る。
「き、君達! 急にそんなことは──」
「先生方。聞いてもらいたいことがあるんです」
「グラン君?」
グランは教師陣を前に、手に光を灯した。
これは【記憶の種】。
自分の記憶を、他の者へ見せることができる魔法だ。
使える者は、『魔女』デンジャとグランのみ。
「これが、偽りの英雄グローリアと彼女シンシアの昨日の会話です」
「「「……!」」」
光を基に、教師陣に流れて来る二人の会話。
それは、とても伝説のグローリアとはかけ離れたものだった。
「こんなことが……」
「グ、グローリア様が……?」
「だがこんなのは!」
「ありえない!」
それでも、意見は半々。
グランの魔法が未知であることも関係しているだろう。
だが、グランは次にグローリアに目を向けるよう伝えた。
「そして、フローラ王国を襲う前の力が、今のグローリアです」
「「「……!」」」
容姿に変化がないため気が付かなかったが、魔力・筋力など、あらゆる戦闘に関わるものが落ちている。
「容姿は物理的に変えたのでしょう。ですが、以前の力はどこにもありません」
属性には燃焼や吸収など、それぞれ特性がある。
そして、全てが混ざり合った全属性魔法の特性は「調和」。
どの属性の特性も全て消し去り、全てを無の状態にする。
グランの全属性魔法により、グローリアの偽りの力は失われたのだ。
今のグローリアは、力を持っていなかったただの男性に過ぎない。
「たしかに力はないようだ……」
「し、しかし、グローリア様は……」
それでも信じ切れない者はいる。
最後に声を上げたのは、
「そして、これが最後の証拠よ」
ニイナだ。
持ち出したのは、シンシアを極秘に調べた経歴。
「彼女は、わたし──アリスフィア王国が全責任を持って、フローラ王国の元王女であることを証明するわ!」
ニイナが調べていたのは、これだったようだ。
ふとニイナはシンシアに寄り添う。
「わたし、フローラの花がすごく好きだったのよ」
「……ニイナ」
「もしかしたら、どこかで顔を合わせていたのかもね」
「うん」
証拠はこれ以上なく出揃った。
それでも、ほんの少数は信じ切れない。
現代の英雄の影響力は凄まじいものだったようだ。
そして、
「全て……認めよう。全て事実だ」
「「「……!!」」」
グローリアが弱々しく声を上げた。
これには教師陣はもちろん、グランも少し予想外だったと驚く。
教師陣はすぐにグローリアを拘束した。
「お前は、島の
「逃げられると思うな!」
ディセント島の監獄は、ある意味で有名だ。
学院は最高峰の学び舎であると同時に、“最高峰の研究施設”。
監獄の者が罪人が何をされているかは、
そんな中、グローリアは最後にグランに話しかけた。
「僕には、【あのお方】がおられるからな」
「誰の話だ?」
「言うわけないだろう。【あのお方】はたとえ君でも……フッ」
「……」
そうして、グローリアは連れ去られていった。
疑問は残る形となったが、守ったものはある。
「シンシア」
「グラン!」
友達の笑顔だ。
グランがニッコリと笑いかけると、シンシアは思わず飛びついた。
「ありがとう、グラン」
「……」
「グラン?」
「いや、ちょっと、急に来られると」
「……はっ!」
だが、自分がしたことに気づいたようだ。
「ご、ごめんなさいっ! 私はなんてことを!」
「ははっ!」
「……グ、グラン?」
「シンシアに笑顔が戻って嬉しいよ」
「……っ!」
そんな二人の様子に、観客席から色々な声が飛ぶ。
「おいうらやましいぞ!」
「いちゃつくなー!」
「意外とやるのね、あの子」
羨望の声から野次など、様々な声だ。
「な、なんか大変なことになっちゃった」
「──っ!」
「あ、シンシア!」
「もう無理!」
シンシアは顔を真っ赤にして逃げ出した。
「グラン君も隅に置けないわね」
「まったくだ」
「せ、先生方までー!」
こうして、グランと『英雄に最も近い者』は閉幕。
なんやかんやありつつ、グランの勝利は賞賛され、語り継がれるものとなった。
「や、やりやがったわね、シンシアのやつ~!」
ニイナは陰で何やら言っていたが。
★
盛り上がった闘技場も解散し、辺りはすっかり夕暮れ。
涼しげな外で並んでいるのは、ニイナとシンシアだ。
「落ち着いたかしら?」
「……う、うん」
「絶対落ち着いてないわ」
シンシアはまだ両手で顔を抑えている。
そんな彼女を気遣ってニイナも話しかけるのを控えた。
やがて、少し落ち着きが見え始めたシンシアに、ふとニイナが問う。
「それにしても、英雄ってなんなのかしら」
「……! ニイナ?」
その問いにシンシアも顔を上げる。
「わたしも今回の件でよく分からなくなってしまったわ」
「……そう、なんだ」
「英雄を信じていないあなたと同じね」
「……」
同意を求めるようにシンシアの顔を覗くニイナ。
だが、シンシアは首を
「ニイナ。それはちょっと違うかも」
「……? それってどういう──」
「おーい! 二人ともー!」
そんな会話の途中、遠くからグランの声が聞こえてくる。
ニイナとシンシアは、ここでグランを待っていたようだ。
「待たせてごめんね!」
「いいわよ」
「だ、大丈夫……」
シンシアは恥ずかしさから、少し目を逸らす。
代わりにニイナが話しかけた。
「で? 何を話していたのよ、あなたは」
「まあ、色々と。でも褒められたよ。それでね!」
「……っ!」
だけど、グランはチラリとシンシアに目を向けた。
「色々と聞かれた代わりに、先生たちにお願いしてみたんだ」
「……グランが?」
「そうだよ!」
グランが自らお願い事をする、あまり想像できない姿にシンシアは首を傾げた。
「どんな?」
「これをくれませんかって!」
グランはニッと笑って、手の平を広げた。
「これって……!」
シンシアは目を見開き、次第に両手を目元に持って行く。
世界中の花が集まるというフローラ王国の元王女には、それが何なのかすぐに分かったのだ。
グランが持っていたのは、花の種。
それも、いくつあるか分からないほどの種の種類だった。
「シンシアの国に比べたら、ちょっと足りないかもしれない」
「……うん」
シンシアは、目元からしずくを
「でも、寮で育てて行けたらなって」
「……うん」
「少しずつ数を増やしながらね」
「……うんっ!」
シンシアの涙があふれでる。
「じゃあすぐに帰らないと!」
そうして、グランは不思議な空間に種をしまい、さっさと歩きだした。
そんな中、シンシアは口を開く。
「……ニイナ」
「なにかしら」
「さっきの話の続きだけど」
シンシアは胸に手を当てながら、言葉を紡ぐ。
「英雄は信じて
「?」
「今は信じてるんだ」
「シンシア、それって……」
「うん」
シンシアの目線はグランに向いている。
「私にとっての英雄はすぐそばにいるんだ」
その表情は、今までで一番の笑顔だった。
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