とある教室にて
「お前は暴れてくれるなよ」
皮肉な口の形は、侮蔑が多く含まれていた。健康的気風が失われた花曇りの教室は灰色がかり、一人の生徒に向けられた蔑視の数は、彼の立場をよく表していた。
「ククッ」
授業の合間に設けられたほんの少しの休憩時間も、彼にとって心休まることはなかった。まるで汚れを一箇所に掃いて集められたかのような、八方塞がりの人間関係が自然と形成され、それを覆す機会に恵まれないまま、時は進んで今に至っている。
「あんなの理由にならないよ」
糊付けされたように口を開いてこなかった彼が、クラスメイトの一人から受けた侮蔑の言葉に対してしっかりと返答した。
「あ?」
勿論、このような彼の態度を良しとせず、机の上に腰を下ろし、威圧的な目付きで睥睨すると、袖を捲って暴力の突端をこれ見よがしに見せつけた。
「僕は、あんな奴に転がされて暴れるようなことはしないって、言ってるんだ」
その語気は、自分の主張を相手に喚起する為の力強さがあった。他者を慈しむ心を持たないクラスメイトとは裏腹に、彼は理性をどのように扱うべきかをよく理解し、自分を律するだけの意思がそこにはあった。
「お前みたいな奴が、ナイフを振り回して人殺しをするんだろう? いつか」
もはや差別的な意図が多分に含まれたクラスメイトの見方は、彼にとって耐え難い批判となり、取っ組み合いの喧嘩に発展してもおかしくなかった。それでも彼は、膝の上で握り拳を作るだけで、決して暴力などに訴えることはしなかった。
「そうなったら、第三者の証言として、こう言ってくれよ。“やっぱり”ってね」
殺人事件が起きた際に、各種メディアは犯人がこれまでに築いてきた過去の人間関係を洗い、人格形成の根っことなる学生時代の様子を事細かに報道し、同級生の証言をさも全てであるかのように語りがちだ。彼はそんな有象無象の舌先三寸をカメラの前で披露しろと腐した。しかし、その意図を理解していない浅薄なクラスメイトは、ニヤリと笑って自分の席へ戻って行ってしまった。
「はぁ」
誰にも気付かれないように、彼は殊更に俯き、玉のような重苦しい嘆息を脇の間に落とす。自分の座持ちをよく理解し、どう見られるかが分かっている彼の振る舞いは、周囲から向けられる怪訝な眼差しの標的にされるような、愚かさや朴念仁らしさは感じられない。それでも、彼が置かれている状況を理解の追いつかない異世界の出来事として受け付けない訳ではなかった。排他的な空間では、ストレスの捌け口は常に存在し、その役回りはふとした瞬間に賽の目を振るうかの如く、やってきてしまうものだ。それが偶さか、彼だった。
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