蔑視

「福岡で起きた誘拐事件の犯人も同じようなことを言ってましたよね?」


「そうだっけか?」


「函館のバラバラ死体も……」


 短く清潔に整えられた頭髪に厳しい顔付きで煙草の煙を吐き捨てるスーツ姿の二人の男は、喫煙所と明記された透明の檻の中で、凶悪事件に関連する不可解な出来事について嘆息する。


「年齢による卑近さはないし、職種はどれも畑違い。ネット上での繋がりもないとされていますけど、検索履歴を洗い直して、趣味趣向を割り出すなどしなければ、判然としませんよね」


 自動販売機で購入した缶コーヒーを啜りつつ、上司である男に彼は意見を求めた。


「随分と熱心だな」


 しかし上司は、向けるべき興味は他にあると冷めた目付きで虚空を見やり、口の中に溜まった煙を窄めた口の隙間から少しずつ吐き出す。


「だって! 新興宗教などに傾倒していなければ出てこないような供述ですよ。真っ白な人間から赦しを貰ったなんて」


 語気を強く押し出して、理解し難い事象であると彼は口述した。それは、胸に忍ばせていると警察手帳の威信からくる懐疑心であり、真相の究明に努めようと考える彼の苛立ちが大いに含まれていた。


「痕跡が残らないダークウェブ等の場所で示しを合わせた愉快犯。これもあると思ったんですけど、中には還暦間近の加害者もいますし、これはあまり現実的な話ではないですね」


 二名の幼い死傷者を出した交通事故から、殺人及び死体損壊の凶悪事件まで、軽重の異なる事件事故を起こした加害者が口裏を合わせたようにとある“存在”を明言し、事の経緯と結果を説明する。警察バッジの名の下に、彼は証言の基本となる根っこを理解しようと暗中模索を繰り返しているが、あまりの手応えのなさに雲を掴むような気分にさせられていた。そんな彼の苦悶など上司は露知らず、まるでお門違いな方向を見定め喫煙の動作に終始している。予測がままならない、自然災害によって引き起こされる、ありとあらゆる種類の被害へ抱きがちな、諦めや見切り、甚大なストレスから身を守る為の手段の一つとして用いる無関心さを想起させた。


「聞いてますか?」


 返答を受けられていない彼は、不安になって上司の声を聞こうとする。


「ん? まぁ、突き止めたところで特段、何かが変わる訳でもないしな」


 気怠げに煙草の煙を口から吐きつつ、内在している心中を素直に吐露した。一連の事件事故に基づく、出所不明の供述を詳らかにし、白日の下に晒そうと血気盛んな彼にとって、これほど残念な反応はないだろう。人々の悪性と向き合い、そして実際に手錠を掛ける立場にあるはずの仕事に従事しておきながら、些か情熱に欠ける上司の姿など、誰が見たいというのだ。上司と彼の間には、断絶と言って差し支えない大きな溝がある。理解を求めて飛び込もうとすれば、道半ばで墜落する恐れが多分にあり、容易なことではなかった。

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