突撃さりとて素っ気なく

 私は鶴子さんの忠告に首を捻りながらも、とりあえず浴衣で廊下を歩いて行った。

 長い廊下であり、窓の外からもちょうど湯煙立ちこめる紅葉が見える。だんだん日が落ちているせいか、紅葉と一緒に夕焼けまでが霞んで見えて、不思議と神々しい。


「ほわあ……」


 長い廊下を抜けると、ようやくかぐやさんの部屋に辿り着いた。私は部屋の向こうに声をかける。


「こんばんはー、ご相伴に預かることとなった奥菜です」

「はあい、ようこそー」

「失礼しますね」


 そう言いながら入らせてもらうと、私の部屋もかなり調度品がよかったと思うのに、それにも増して部屋の調度品の整った部屋なのに、自然とびびる。

 い草の匂いが部屋を開けさせてもらった途端に香り、その中でかぐやさんはきゃっきゃと備え付けの饅頭を食べていた。


「いらっしゃい! 私あんまり友達できないから、こうやってゆっくりお茶を飲むこともできなかったのよ。注いであげるから座って座って!」

「はあ……でももうすぐ夕食ですけど、お菓子食べて大丈夫なんですか? 入りますか?」


 ここのご飯、おいしいけれどどれもこれも大盛りだから、充分お腹を減らしてからじゃないとお腹が駄目になると思うんだけど。それにかぐやさんは「あはは!」と笑った。


「どうせ邪魔が入るから、今のうちに少し食べておいたほうがいいわ。食事の時間までには充分お腹は減るわよ。さあ、お茶どうぞ」

「はあ……それならどうも?」


 お腹が空くような一件ってなんだろうな。私は首を捻りながらもかぐやさんが持ってきてくれた湯飲みのお茶をいただき、備え付けの饅頭も食べさせてもらった。かぐやさんはてっきりお姫様だからお茶なんて淹れられないと思ったのに、不思議なほどおいしくお茶を淹れてくれた。

 たしか平安時代には緑茶はなかったと思うんだけど、伝承と現実は違うもんだと何度も教えてもらっている通り、この辺りは気にしなくってもいいんだろうか。


「おいしいです」

「そう! よかったわ。友達ができたら、真っ先にお茶会をしたいって思った。こういうのを女子会って言うんでしょう?」

「そうですねえ……でも、どうして女子会を?」

「だって私が綺麗過ぎるからって、寄ってくるのは男ばっかりで、それを見た女の人にドン引きされて遠巻きにされるんですもの。地上に降りてくるたびにそれって、ひどくない?」

「まあ……」


 これは人間関係あるあるなんだよなあ。この辺りはあやかしだろうが御伽草子だろうが人間だろうが変わらないんだなあと思ってしまう。

 可愛い女子はただいるだけで、男子が勝手に浮かれて寄ってきてしまう。それを見た女子からしてみれば、男子が寄ってくる女子は不潔に見えてしまうのだ。そんな訳あるかいと、一部の理解ある女子は普通にその子の肩を持つけれど、彼女が難攻不落であればあるほど、彼女と友達になっている女子に寄ってきて「なんとか仲人して」と頼まれてくるようになる。最初は普通に応じていても、彼女があまりにも素っ気ないと「間に挟まってる自分ってばっかみたいじゃない!?」と突然覚醒して、すごい勢いで去ってしまうのだ……。

 高校時代、大学のサークル時代、そして会社員時代に、嫌と言うほど見てきた光景だ。そして時には私もうっかりとサークルクラッシャーの姫と友達になってしまったがために挟まってしまい、キレて男女共にうち捨てて逃げ出したことだってある。

 これってどうしたらよかったのかね。女子に注意すればよかったのか、取り次ぎを止めればよかったのか、どっちもなのか。要領の悪い私では、この手の問題対処できないぞ。

 私がかぐやさんを見ると、かぐやさんはキュルンとした目をしている。はっきり言ってとても綺麗で可愛い。温泉効果でお肌もスベスベツヤツヤだ。


「男をひたすら無視して、女とお茶をしばく以外、対処法なくないですか? 私もいきなり男の人が寄ってくるのなんて経験ないですから、対処できないですし」

「そうなの? 放っておいても男って勝手に来るもんじゃないの?」

「少なくとも私はないですねえ」


 若彦さんは勝手に来たけど、あのひとはまた別だろうな。私はそうひとりで考え、饅頭を食べた。

 そういえば、かぐやさんが言ったなんか来るっていうのはなんだったんだろう。私が首を捻っていたら。


「おお、かぐや。開けておくれかぐや」


 いきなり戸の向こうから男性の声が響いた。私は思わずかぐやさんを眺めると、かぐやさんはキョトーンとした顔をしていた。


「誰?」

「ああ、なんということだ、また忘れてしまったのか。そこなひと、少々お頼み申します」

「えっ、私?」


 なんで私がかぐやさんの部屋に遊びに来てるのを知っているんだ謎のひと。

 私が困り果てていたら、かぐやさんが「あんなん放っておいてもいいですよぉ」と言い出した。そうは言ってもなあ。

 私はとりあえず戸の向こう側までやってきた。さすがに部屋に入れたら修羅場になりそうだから開けないけれど。女中さんだって廊下で修羅場っていたら介入してくれるだろうし、なんだったらあおじを呼んでくれるかもしれない。私はそう考えながら「なんですか?」と聞くと、男性らしき声はしくしくと泣いている。

 ずいぶんと湿度の高いひとだな。そう思いながらもう一度だけ「なんですか?」と尋ねた。


「自分はかぐやが地上に降りてくると聞くたびに会いに来ているのですが、毎度毎度忘れてくれるのです。そこいらに羽衣はございませんか? もう隠しておこうと思うんですけれど」

「はあ……」


 そういえば。

『竹取物語』のラストで、月に帰るかぐや姫は、クライマックスで牛車に乗る際に羽衣をかけられるんだよな。そしたら羽衣が彼女の人間性や地上での思い出を一切喝采なかったことにしてしまい、そのまま帰ってしまうと。

 羽衣がなんなのかは、諸説に寄る。彼女は月の住民だから元に戻すためのものだったんじゃないかという説とか、地上は欲に塗れた場所だから羽衣をかけることで汚れた地上の住民から卒業させるという説とか。

 そう考えたら、少なくともこの戸の向こうの人は、羽衣のせいでかぐやさんのひとが替わってしまうことを知っているひとなんだなあ。

 私はかぐやさんのほうを振り返った。


「どうしますか? 私が一度話を聞いてきますか?」

「えー?」

「なんですかぁ、その反応は」


 かぐやさんはあからさまに嫌そうな顔をした。


「だって、知らない人に奥菜を取られかけてるんだもの」

「話を聞いてくるだけですよ。中には入れませんから大丈夫ですって」

「でもぉ……」

「もしかしたらかぐやさんも知ってるひとかもしれませんよ? 久々の地上なんですから、忘れられて寂しいひとだっているのやもしれませんよ?」

「えー、でも今日は女子会がしたいー」


 途端にかぐやさんは、おみ足が見えているのも気にせず、浴衣のまま子供のようにバタバタ足を上下させて抵抗しはじめた。

 子供か。

 どうしたもんかと考えつつ、ふと思う。


「ちょっと女中さん呼んできて追い払ってもらいますけど、いいですかね」

「それならいいよ」


 かぐやさんはどうにも単純な性分らしく、その理屈であっさりと外に出してくれた。私はとりあえず戸の開けて外に出てみると、ふわんといい匂いがした。

 これは……お香のような気がする。白檀のような分厚い匂いだ。温泉宿なのに、まだ温泉に入ってないんだなとぼんやりと思った。


「こんばんは、どうなさいましたか?」

「ああ……申し訳ございません。かぐやに友達ができるとは思ってもおらず」


 やたらめったらかぐやさんに対して距離感が近い人だなあと思った。

 顔は塩顔で、すごく悪くもすごくよくもない大味な感じ。ただ浴衣を着られてしまうと、誰なのかわからない。

 そういえば『竹取物語』はこれ見よがしにかぐや姫の美貌は書かれていても、寄ってきた男性のことは皆身分で語られていたから、どんな人なのかが身分以外わからないんだよなと思い至った。


「どなたですか?」

「私ですか……私は名は名乗れないのですが、強いて言うならばみかどとでも呼んでください」

「プッハ」


 噴き出した。

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