第3話 彼の休日は慌ただしい


 レイナはいつものギャルファッションに、顔の半分が隠れそうなサングラスを装備した状態で、井の頭公園の端っこにある植え込みの中に潜っていた。

 それは彼女から100メートルほどの場所に見えるマンションを監視しているからだ。まごうこと無き不審者である。

 彼女の頭上には、いつものダンジョン配信でおなじみの、小型で高性能AI搭載型のドローンカメラが浮いている。

 つまりは配信中なのだ。


 しかし今日はとある秋の土曜日。

 つまりレイナの休養日である。

 なのに配信とは?


 さて目の前にある10階建てのマンションはラ・フォート吉祥寺と言い、オーナーは藤枝フジエダ涼子リョーコと言う。

 つまり株式会社ドリームファクトリーのCEOのリョーコである。

 そしてこのマンションは、2階まではドリームファクトリーのオフィスで、3階と4階がまだ経済的に自立できない若い所属タレントの寮で、5階から上はワンフロアに一戸と贅沢な間取りで、DFドリームファクトリー社の幹部職員が住んでいる。


 そして最上階には伊達正嗣が住んでいた。

 福利厚生にしては豪華すぎるが、この物件は元々、リョーコが死んだ両親から相続した不動産の一部で、会社を立ち上げる際に10億円ほど予算をかけて大幅に改装を行っている。彼女には元々相続財産による資金力があったのだ。


 ではここで本題に入る前にDF社の収益について触れておこう。

 まずDF社が抱えている配信系タレントは30人ほどいる。

 第一期生はレイナだが、二期生が男女7人ほどデビューし、第三期生が9人デビューしている。

 これが現在のダンジョン配信タレントだ。

 残りはゲーム配信がメインの顔だし配信者となっている。


 先にゲーム配信チームに触れるが、彼らはTDFという集団だ。 

 チームドリームファクトリーと安直だが、13人の人員の中でいくつかの世界規模で人気のあるeスポーツのゲームタイトルを極め、プロ大会で上位を狙うというのがチームの趣旨だ。

 この13人と言うのは固定で、ユダを含めた使徒になぞらえている。

 あるいは円卓の騎士を気取っているともいう。

 なのでチーム内で実力や人気が繁栄された序列で彼らにはナンバーが与えられており、常にチーム内は競争意識でヒリついている。


 このメンバーは流動的で、チームが結成された4年前は、それぞれのゲームで名をあげたトッププレイヤーをヘッドハントして集められたが、以降は常に挑戦者を募り、半年に一度、入れ替え戦が行わる。

 なので常に高い実力者で占められている状態を維持している。


 この入れ替え戦の模様は、ヨーチューブのDF公式チャンネルにおける、月額千円のオンラインサロンに加入していると全て視聴が可能。

 そして平時においては、DF社員であるコーチ陣か、現役選手が人気ゲームの初心者へのレクチャーなどを行っており、非常に人気である。

 TDFの掲げる大きな目標としては「eスポーツを閉じたコンテンツにしないようにプレイ人口の絶対数をあげる」と言う物があり、例えユーザーに媚びていると批判されようが、ニュービーの参入を目的に啓もう活動を行うのだ。


 TDFはプロ大会での賞金と、スポンサー収益と、動画系のPVロイヤリティ、サロン会員料が主な収益で、年間で100億以上の売上がある。

 ちなみに13人のメンバーは、入った時点で3千万円の契約金が入り、大会賞金は参加メンバーの均等割りで貰え、スポンサー料の分配金が貰える。


 その上個人情報を徹底的に会社が守るので、収入も高いし、ネットストーカーや悪質なアンチに粘着されると、問答無用で、凄まじい早さでの開示請求からの名誉棄損や脅迫で訴訟を行うので、安心感がとても高い。

 実際DFの法務部は某国民的ゲーム会社以上のヤバさであると認知されている。

 なのでプロゲーマーとして所属する企業としてはかなりホワイトだろう。

 勿論長く所属するためには相当の努力を求められるとしても。


 そしてD配信チームだが、実はこの部署がDFの収益の多くを叩きだしている。

 ぶっちゃけゲームチームが無くてもいい程に。

 まず伊達Dを筆頭としたディレクターチームは7人いるのだが、彼らは皆、日本ダンジョン協会でBランク以上のライセンスを保有する現役ダンジョンワーカーだ。


 ランクと言うのは端的に力量で分けられているが、Bランク以上だと、最前線の大手攻略パーティのメインアタッカーを任される力量であるとされている。

 その最上位がAランクで、現在国内でAランクは30人ほどいるが、他国からの引き抜きを警戒し、協会のWEBサイトには名前は出ていない。

 つまりAランクともなれば、ワーカーの中での上澄み中の上澄みと言う意味になる。

 勿論配信者の中で自分がAランクである事を売りにしている者も少なからずいる為、そう言う場合は顔写真付きプロフィールがサイトに載っているが。


 さてレイナのバディである伊達が、配信内でモンスターを直接狩るシーンが度々散見されるが、彼らディレクターは担当配信者が事故に遭わない様に、事前に行く場所を下見している。

 ダンジョン内はフロアが魔法的に拡張されているため、地下空間とは思えない広さだ。

 なのでマッピングや出現モンスターの状況などをDが把握しておく必要がある為に、ロケハンは必ず行うのだ。

 

 その際に遭遇したモンスターは当然処分しており、素材は全て持ち帰られる。

 これらは協会のマーケットを通して売買されるのだが、レアアイテムだと個人での売買もあるし、或いは互いに利益になるなら物々交換をする場合もある。

 このアイテムの売買と、そこで出た利益が膨大で、それを原資とし社内で資産運用を専門に行うチームが積極的に転がす。

 要はこの収益が年間500億円を越えるのだ。


 つまり投資グループとしての側面がとても強い。

 このチームに関しては、所属メンバーが公にされておらず、実態を知る者は多くない。

 そのリーダーがCEOのリョーコである。

 彼女は伊達と同期で東大に入っているが、受験科類は理Ⅲで、前期課程の時期に予備試験ルートからの最短で司法試験に合格している本物の天才だ。

 その後弁護士など法曹業界に行くには、司法修習に進むなどする必要があるが、彼女は司法試験に通った時点で飽きたので弁護士にはなっていない。

 ただ法律の知識が欲しかったと言うのが彼女の動機である。

 なので前期課程が終わり、進振りで進学したのは法学部ではなく工学部である。


 なおレイナの放送で既婚者子持ちと言うのが暴露されていたが、彼女の夫は工学部時代の二人が所属していたゼミの教授である。

 リョーコは20歳以上年上じゃないと欲情しないというニッチな性癖があるのだ。

 なれそめは若く綺麗なリョーコに告白された教授が、アラフィフである事から固辞をした。若い物同士で恋愛をした方が建設的という知識層らしい判断だ。

 けれどリョーコは納得せず、その日の夜に研究室で寝ていた教授の寝込みを襲い、見事懐妊という肉食獣の様な強引さでのゴールインしたのである。教授可哀想。


 長くはなったが、GF社の福利厚生が異様に充実している理由をご理解いただけただろう。このレベルの福利厚生を与えねば、職員たちが逃げるレベルで仕事が大変なのだから。

 そして時間は現在に戻り、マンションの出入口をじっと睨むレイナ。

 コメント欄は好奇心と呆れが半々と言ったところ。


:完全な不審者のソレで笑う

:やってることがストーカーなんよ

:でも見ちゃう!

:アタシ知ってるどうせポンなんでしょ

:初見だけどヤベー女で草

:wwwwww


「うるさいっ! えーっと今日は~謎に包まれた伊達Dのプライベートを暴いちゃうゾ☆ みんながどうしても見たい!って言うから、しかたなーくこのアタシ、レイナが骨を折るってワケ。感謝しろー?」


:存在しない記憶やめろ

:お前が知りたいだけ定期

:普通にコクれよ面倒くせーな(鼻ほじ)

:こいつメンタルつよつよなのかよわよわなのかハッキリしろ

:基本つよいある男を前にするとゴブリン以下

:ゴブリン以下ワロタ


 そんな風に不審者配信を続けていると、マンションのエントランスから長身の青年が出て来た。

 187センチのディレクターは彼しかいないので伊達で間違いだろう。

 ただし姿が斜め上過ぎた。


「嘘でしょ……」


:ゴリゴリのB-BOYで草

:めっちゃ似合ってて笑う

:うせやろwwwww

:ルーズがユアセルフしてそうwwww

:伊達Dほんますこ

:ええ・・・


 出て来たのは完全なるB-BOYファッションに身を包んだ伊達だった。

 ビンテージのエアマックス、カーキ色の太いバギーを腰と言うか、もはや尻で履き、黒いタンクトップに艶のあるやはり黒いジャケット。

 前は一切閉めておらず、鍛えられた腹筋や胸筋を誇示しているかのよう。

 頭にはバンダナが巻かれた上に雑に迷彩柄のワークキャップ。

 雰囲気からして「俺を見ろ!」というオーラを感じる。


 首にはぶっといゴールドのネックレスが数本かかっており、女性器をデフォルメした様なシルバーのペンダントトップがぶら下がる。

 色の濃いティアドロップサングラスは鼻にかける様にしており、全部の指に派手なリングが嵌っている。

 控えめに言って近寄りたくないレベルの完成度である。


 まして伊達は父親がアイルランド人という事もあり、元々欧米風な彫の深い骨格で、ウエストの位置も妙に高い。

 なので余計に似合うのだろう。

 そんな伊達はクッチャクッチャとガムを噛みながら駅方面に歩いていった。

 ポカンと見つめていたレイナだったが、リスナーに促され、慌てて後を追いかける。


:歩き方wwwww

:オラつきすぎやろwwwwww

:通行人が二度見するかモーゼみたいに道を開けてて草ァ!

:ちょっとリズム取ってるやんwwwwww

:腹いてえwwwwww


「あ、どうしよタクシー乗った」


:追いかけろ!

:走れ!

:↑普通に追いつきそうで草

:ドラマみたいに前のタクシー追ってくださいやれ!

:それだ


 そしてレイナはタクシーを捕まえ伊達を追いかける。

 運転手はレイナを知っているらしくノリノリで「お任せください」と鼻息が荒い。

 幸い伊達の乗り込んだタクシーは信号に引っかかったので追い付くことが出来た。


「レイナさん、犯人はどうやら銀座方面へと向かうようですね……」

「ええ、絶対に見失わないで」

「任せてくださいっ。ドライバー歴25年ですからっ」


:オッサン無理すんなwwww

:はwwwwんwwwにwwwwんwww

:むしろその女がストーカーの犯人やwwwwww

:謎の設定つくるんじゃあないwww


 そして伊達の乗るタクシーは銀座六丁目辺りで停車。

 銀ブラ中の奥様や観光客から完全に浮いている。

 それでも伊達は気にすることなく、人の群れに逆らう様に歩いていった。

 これで一本MVを撮影できそうである。


 レイナも少し離れた位置で降車。

 一定の距離を保ちながら尾行を開始。

 やがて伊達は裏通りにあるお洒落なオープンカフェに入った。

 

「……………………かわよ」


:本音漏れてますよ(ボソ

:イカちーB-BOYがニッコニコでフルーツサンド食ってて草ァ!

:めっちゃ姿勢いいやんwwww

:育ちがいんでしょうねwwww

:このB-BOY東大卒なんすよwww

:なんでレイナあんぱんと牛乳食ってんだよwwww

:刑事気分草

:ちょうどコンビニあったもんねwwww


「あ、動き出したわっ。追いましょう」


 10分ほどお茶を愉しんだ伊達は会計を終わらせると店を出た。

 すると彼は突然歩く速度をあげる。

 慌ててレイナが追いすがるが、伊達はとあるビルとビルの間にある路地に入っていった。

 しかし路地なので視界が悪い。

 そこでレイナは隣のビルの壁をぴょんぴょんと軽快に駆け上り、屋上に身を潜める。流石はトップレベルのワーカーの身体能力だ。

 そして追いついたレイナが見た物は――――


:うそやろwwwwww

:なんで銀座にギャングがいるんだよwwwww

:フリースタイルラップバトル開始wwwww

:あたまおかしなるで

:めっちゃ煽り合ってて草

:なんでターンテーブルあるんだよ

:うわぁ英語ゴリゴリで高速ラップ噛ましてて草

:発音エグいてwwwww

:お、終わったのかハグしあってるwwwww


 なぜか20人位のガラの悪いギャングスタファッションの黒人が集まっており、唐突にもラップバトルを始めた。

 観客は煽りまくり、MC伊達は会場を煽り返し、路地裏はいつの間にかクラブと化していた。MC伊達ってなんだよ。

 やがて勝敗が付いたのか、観客は盛り上がり、MC伊達は全員とハグを交わす。

 そして全員で車座になると、何やら手巻きのタバコらしきものを回し吸い始めた。

 そこにいた者は皆、半笑いで目が虚ろ。


「え、ちょ、えええ!? これ映していい奴なの!?」


:あ、アウトー!

:まずいですよ!!

:完全にハッパです本当にありがとうございました

:ええ・・・ガチの犯罪中継やんけ

:通報しました


 慌てるレイナとリスナー達だったが、いきなり路地の外から大量の人間が突入してきた。


『FREEEEEEEEEEEEEEEEEZ!!!!!!!!』


 アメリカンポリスが30人くらいいる。

 全員が銃を構えており、透明の盾を持った警官が逃げだせない様にファランクスを組んだ。

 レイナは屋上から見下ろしているので、騒ぎの様子は非常にはっきりと見えている。


:ファッ!?

:銀座ってブロンクスだったっけ?

:やばい乱闘になってる

:黒人さんチーム大暴れ

:四文字飛び交っててこわ・・・

:めっちゃフ〇ックとかいってるやん


「ど、どどど、どうしよ? 伊達助けなきゃ……仕方ない、装備だそう……」


:早まるな!

:お前も捕まるやろwwwww

:やめやめろ!

:まだだまだ笑うな

:シーっ

:レイナはおとなしくしてろ


 色々な感情がぐちゃぐちゃになったのか、配信しているのも忘れ、レイナは涙目で慌て始める。


「だってっ、伊達が捕まるとか嫌だもんっ! アタシのバディだもん! どこにもいっちゃヤだもんっ……うええええええ……だてぇ……」

『そんなに愛されてたなんて僕ァうれしいですよぉ』

「はれ?」

『レイナさん良い泣きっぷりです。ええ、ええ、撮れ高最高ですよ撮れ高』

「撮れ高……? え、ん? あれ? 伊達? あれ? いつものスーツ? どうしてここにいるの?」

『そりゃいるでしょ。これDFのサロンで現在生配信中なのですから。ちなみに配信のタイトルは「レイナポンコツ説は本当か? リアルどっきり大検証」ですから。はい、大成功☆』


 今だよくわかってないのか、レイナはハトマメな表情でペタン座りに。

 その前にはニヤニヤと笑う伊達Dがハンディカメラを手に彼女を見下ろしていた。


:wwwwwwwwwwwww

:二窓してましたwwwwww

:レイナの顔wwwwwwwww

:ポンコツが立証できましたねえwwwwww

:あそこにいる黒人と警官、全員リスナーですよwwwwwwww

:くそー俺も行きたかったぜ・・・・

:抽選倍率鬼で草wwww

:ここまで綺麗にひっかかるドッキリもそうねえだろw

:レイナ純粋でかわよ


「え、なに、嘘? あれ? えっとぉ、んー? アタシが騙されてたって事はアタシが騙されてたって事?」


:リアルで進次郎構文やめてwwwwwwww

:腹筋爆発四散したwwww

:草草の草ァ!

:あーほんと好きこの娘

:サロンと三日月チャンネルのミラー配信で同接トータル50万人超えててるwwwww

:50万人に見られる女 これはトップ配信者ちゃんの貫禄ですわ

:ドッキリの為にわざわざフェイスチェンジリングをエキストラ分集めるDFあたおかすぎwwwwww


 ちなみにフェイスチェンジリングはダンジョン下層のダークインプと言う面倒臭いモンスターからごくまれにドロップするアイテムで、任意の姿に20分間変身できるだけという、宴会芸みたいな効果がある。

 協会運営のマーケットでは、200万円と言う価格で取引されている。


『ではDFのファンの皆様、いい休日をお過ごしください。なお今回の模様は、サクラトリップのサブチャンネル、三日月ルームにて動画を投稿いたします。良ければメインチャンネルも含め、チャンネル登録、高評価の方お願いします。それでは伊達がお送りしました。チャオ! あ、レイナさん、最後に決めポーズ行きますよ。あ、せーの』

「…………ぅぇぃ」


 死んだ魚のような目のレイナが雑にポーズを決めた。

 コメント欄にはここぞとばかりに赤スパが飛び交い、そこに伊達Dの引き笑いが聞こえ、レイナが画面外にいる彼の首を絞めるという所で配信は終了した。


 この動画は全3回で公開され、仕掛け人伊達視点での解説動画が別途公開。それぞれ500万再生をあっという間に超えたという。

 なお、レイナの定期配信では数回にわたり、彼女が伊達に向かってこの件を延々とボヤき続ける様が視聴者の笑いを誘った模様。



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