嘘告から恋は始まらない

瀬戸 夢

第1話.嘘告

 夕暮れ時、住宅街の小さな公園。園内に響き渡っていた甲高い歓声は去り、周囲の家には人々の営みが灯り始めている。


 その閑散とした公園の中央にある街頭の脇で、夕日に照らされた二人がしばらく前から向かい合っていた。


「あの、えっと、そのぉ……」


 男子生徒は気まずそうに色んな方向を見ては、先ほどから何度も感嘆詞を繰り返している。顔が赤いのは夕日のせいではない。決して彼女と目を合わせようとはせず、たまにガリガリと頭の後を搔いている。


 対して彼女は腕組みをし、厳しい視線を真っ直ぐ彼に向け続けていた。背中から夕日を浴びるその姿は、女子高生ながら貫禄すら感じる。


「つつ、付き、つっ、付き合ってくれ」


 彼は勇気をふり絞り、やっと目的を果たした。ぶっきらぼうに放たれた短い言葉は彼女の影に飲み込まれ、まるで最初から存在しなかったかのよう。


 えらいえらい。あんな姿の彼女を呼び出して告白しただけでも立派なものだ。僕は心の中で拍手を送った。


 彼女の方はというと、彼の言葉に顔色一つ変えることなく、ただ腕組みをし相変わらず厳しい目つきで彼を真っ直ぐ見つめている。驚く様子も恥ずかしがる様子もない。


 そして、スゥーっと大きく息を吸うと彼女はあきれ顔でハァと豪快にため息をついた。その様子に彼は面食らっている。


「あのさ」


「は、はい」


「まずは名前を名乗るもんじゃない?」


 あっちゃー、初歩的なミス。そういえば名前を聞いていない。あいつ誰だ?


「あっ、俺は三組の――」


「あー、いい、いい。今更必要ない」


 彼女は面倒くさそうに手を振り彼の言葉を制した。


「それにさ、付き合ってだけだと、交際なのかちょっとその辺まで買い物なのか分からなくない? まぁ、どっちもお断りだけど。もし言うなら、好きです、付き合ってください、でしょ?」


 もはや告白の場面とは思えない会話。彼は言い返す言葉もなく立ちすくんでいる。その姿を見て彼女はまたハァっとため息をついた。


「嘘告するのは構わないけど、もう少し品質を上げてくれないかな? 演技もひどいもんだし。私を騙すのが目的でしょ? やるならもう少し真面目にやってよ。雑すぎだって。じゃないとこっちもつまらないわけ。仕方なくこんな茶番に付き合っているこっちの身にもなってよ」


 言われっぱなしの彼はプルプルと震えながら顔を紅潮させている。とうとう頭に来たようだ。これはやばいかも。飛び出していこうと僕は身構えた。


「おお、俺だって好きでやってんじゃねえんだよ! 罰ゲームでもなければ、お前なんかに告白なんてしねえって!!」


 とうとう本音が噴出。いやはや完全な逆切れ。負け犬の遠吠えである。


「誰がてめえみたいなゴリラを好きになるか! バーカ! バーカ!」


 あんにゃろー! 誰がゴリラだー! こっ、この、この……、あいつ名前なんだっけ?


 彼はいかにも雑魚キャラっぽい捨て台詞を吐くと、遠目から様子を見守っていた仲間たちと共に去っていった。同じ男の目から見ても、さすがにあれはちょっと格好悪い。


 夕日に消える彼らの後ろ姿を見て、彼女はあきれ顔でまたハァっとため息をつく。物陰から出てきた僕は、そんな彼女の後ろから声をかけた。


「おつかれ」


 気づいた彼女は振り向く。その顔はさっきとは全く異なる柔らかな表情。彼女ははにかんだ。


「ごめんね、いつも」


 一オクターブ高い声。ウインクしながら拝む仕草がとても可愛らしい。


「いいんだよ。僕は花蓮かれんの彼氏なんだから。逆切れして襲ってくるやつもいるかもしれないしさ」


「ありがとう、裕太ゆうた。でも、私のこと襲おうなんて考える人はいないと思うけどね。それでも、そう言ってくれて嬉しぃ……」


 顔を赤らめ恥じらう様子は年相応の少女の顔だ。


「でも、花蓮も律儀だね。嘘告だって分かってても一応話は聞くんだから」


「うーん、裕太が私に告白してくれたように、嘘告じゃないかもしれないじゃない。もし、本当の告白ならちゃんと受けてあげないと可哀想かなぁと思って」


「そっか、花蓮は優しいね」


「あっ! もちろん本気でも嘘でも、私には裕太がいるからオーケーなんて絶対しないよ!」


 可愛いことを言う。


「フフッ、安心した。それじゃ帰ろうか」


 すっかり日は落ち辺りは薄暗い。これなら大丈夫だろう。僕は彼女に手を差し出した。すると、モジモジしながら彼女は嬉しそうに僕の手を取る。誰も知らない僕だけに見せるデレデレの姿。


 僕たちは周りを警戒しながら駅へと歩き出した。


「あっ、ねぇ、明日もお母さん朝から仕事だって。だから、あの、えっと、そのぉ……」


「わかった。じゃあ、明日は花蓮の家でデートしよ」


 お家デートなんて聞くと、いかにもしているかのように思われるかもしれないが、付き合って約一年、僕たちはキスすらしていない。手を繋いだり抱き合うことはあるけど、「まだ心の準備が……」と言われ断られている。


「明日、早く来てね」


 この嬉しそうな彼女の姿を見るだけで僕は幸せだし満足……、いや、本音ではそろそろ関係を進めたいと思っている。



 彼女の名前は『水島みずしま 花蓮かれん』。バスケ部の注目選手で、また男子の中では嘘告の相手として有名だ。


 大体月に一、二回、多い時には週一で嘘告されることもある。その多くが罰ゲームで、たまに本番前の練習として告白してくる人もいる。困ったものだ。


 彼女は花蓮という可愛らしい名前とは裏腹に、身長は女子の中では学校一の185cmで筋肉質のがっちり型。その体格とベリーショートの髪(現在はショートボブ)、またキリリとした顔立ちで見る者を圧倒する。


 県内では強豪校で知られるうちのバスケ部に所属していて、体格を生かした他を寄せ付けないパワフルなプレーはたまにテレビや雑誌で取り上げられるほど。


 その風貌とプレースタイルで、一部の男子からはゴリラ、コング、大魔神、ラスボス、などと畏怖いふを表す言葉と共にちょっとした揶揄からかいの対象になっている。そして、そういった揶揄からかいに警戒するように、常に彼女がしかめっ面になっていることも彼らを助長させている一因だ。


 それに加え、同じバスケ部に所属している学校のアイドル的存在の『野口のぐち 美波みなみ』とは昔からの付き合いで親友。いつも一緒にいてボディガードのように野口さんに近づく男を排除する彼女は、多くの男子からわずらわしく思われている。


 そんな彼女に男子たちは、単に揶揄からかいのため、度胸試し、告白の練習、などなど様々な理由で嘘告してくるわけである。特に先ほどのように罰ゲームで嘘告なんて話になると、ちょうどいい相手として真っ先に名前が挙がるわけだ。


 また、他のだと嘘告だと明かした途端、泣かれたりして面倒なことになりかねないが、彼女なら大して気にしないだろうと勝手に思われているようだ。もちろんそんなことはなく、彼女も年頃の女の子。騙されたり酷いことを言われれば普通に傷つくこともある。



 駅が近づき人が増えてきたところで、僕たちは手を離し距離を置いた。手を離した瞬間、絶望とも取れる彼女の表情がまた切ない。


「じゃ、じゃあね、裕太。家に着いたらメッセージ送るから」


 そう言って名残惜しそうに何度も手を振ると、彼女は改札へと向かう。僕も手を振りその後ろ姿を見送った。

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