第2話

始まりの街、酒場にて。正確だが、塗り絵のような幼稚さが拭えない大陸の地図をうねらせながら、私は悩んでいた。

最初に踏み入れる国を何処にしようか、である。

酒場にいる人達からオススメの国はいくつか聞いた。

出来たばかりの時期に戦争に挑み、見事生き残った武勇の国、この世で1番美しい景色が見れるという月の観測所が有名な国、あるけみすと中の品が集まるという商人の国等…。


問題は旅程が2日である事だ。国王に日程を聞かれた時適当に答えてしまった。真面目に考えればよかった。

巡るだけならばいくつか回れはするが、それでは新種の触手の調査も観光もできないだろう。

さてどうするか。

頼んだジンジャーエールをちびちび飲みながら唸っていると、ひょこりと、珊瑚色した髪を頭の横でふたつに括った幼女が地図の向こう側に顔を出した。


「こんにちは!さっきから難しい顔で地図眺めてるけど何考えてるのー?建国でもしたい感じ?」


「いいえ、私小旅行中の身でして…ただどの国に行こうか未だ迷っているだけですよぉ。」


バサバサと地図を机の上に広げ、候補の国をいくつか指差して示す。

ツインテの幼女はふんふんと頷き、幾ばくの間もなく答えた。


「それなら一緒に考えてあげるよ!こう見えて詳しいからね!」


ふんすと得意げに胸を張る彼女と話す事にした。


しろい月の国、マーチャンダイズ、沈黙の国。最近できたというエステレラ望郷国。

様々な国の人柄や名物、観光地などを打てば響くように話してくれるコーラル氏。

1つ、私は疑問に思った。


「コーラルさん、各国に詳しいようですが、色んな所に行ってるんですかぁ?」


それに対しコーラル氏はよくぞ聞いてくれたとばかりに身を乗り出した。


「お散歩してるのもあるけどこれも便利なんだ!みてみて!」


鼻先に紙の束が突きつけられた。顔を引いて確認してみるとどうやら新聞のようだ。

一面には「前代未聞の52.3倍!?個人戦オッズ最高倍率に一同驚愕!」とでかでかとした見出しが表示されている。


「新聞なんてあったんですねぇ〜」


新聞には国民の募集や催しの日取り、更には天気予報ならぬ教皇様出現予報など、かなり内容が濃いものであった。

これは定期購読してもいいかもしれない。


「なんか酒場の噂を集めて有志が新聞作ってくれてるらしいよ!最新情報追ってくれてるから超便利なんだ〜しかも格安!」


誇らしげにツインテが揺れる。


「へぇ…有難いことですねぇ。教えて頂きありがとうございます…ええと。」


そういえば名前を聞いていなかった事に気づいた。言い淀んだ私に彼女も言わんとしていた事に気づいたらしく、にこりと人の良さそうな笑みを浮かべた。


「あ、名前?コーラルって言うよ〜!よろしくね!」


握手、とばかりに手を差し伸べてきた。それに応えながら私も自己紹介する。


「私はるるいえと言います。未知なる触手を求めて旅行中です。こちらは私の分け見である触手ちゃんです。」


にゅるりと髪先が動き、まるで手を振るような動きをする。

コーラル氏が珍しそうにそれを見た後、納得したように頷いた、


「触手…という事は触手ランドの人?ランドから出てくるの珍しいね!」


「ちょっと旅に出たくなったもので…」


たまにあるよねー!と、うんうん頷いて共感してくれるコーラル氏。


「色々おすすめして頂いたのですが、せっかくなのでコーラルさんの国に案内していただけますか?。」


「お、いいねいいね!じゃあ私が直々に…」


コーラル氏が言いかけたその時。背後でテーブルと椅子が砕ける音を皮切りに、大柄な男性二人が取っ組み合いを始めた。

どうやら酔った勢いの喧嘩らしい。2人とも酔いか怒りか分からないほどに顔を真っ赤にして殴りあっている。

周りも止める気がないのか、ヤジが飛び、賭けを始める者も現れる。


「おぉ、乱闘ですか…酒場って感じですねぇ、コーラルさん…おや?」


乱闘を暫し眺めていると横を一陣の風がすり抜けて行った。風はそのまま乱闘している男たちの所まで行くと、壊れたテーブルの上に仁王立ちした。


「コラ!喧嘩はまだしもテーブルと椅子まで壊しちゃダメでしょ!やるなら闘技場行きなさい!」


一瞬の静寂。直後に爆発的な歓声が響き渡った。


「『毒幼女』だ!面白くなってきたぞ!」


「やっちゃえ毒幼女!」


「ちょ、賭け直させろよ!聞いてないぞ!」


「おおっと『毒幼女』の参戦だぁ!これは賭け直しと行きましょう!さぁ皆さん張った張った!!オッズは現在『毒幼女』コーラルちゃんが1.4倍!その他の男共は両方76倍だ!」


「コーラルちゃん可愛いよ〜!!!!!」


沸き起こる声の量とその内容に私は感心した。


「人気者なんですねぇ…私も賭けますか。」


あるけみすとに生きる民が全員持っている端末を確認する。オッズはこの短期間でコーラル氏1.2倍、その他の男達が両方97倍まで差が開いていた。

オッズを見るに大穴狙いか、男達に賭けた人も居るらしい。

コーラル氏に旅費の一部を投入し、顔を上げると、コーラル氏と男達で1対2の構図が出来上がっていた。

男達もまるきりのバカでは無いようで、先にやけに群衆に人気の乱入者を協力して倒す事にしたらしい。


「もー!そういう事考えられるなら外でやってよ!今ならまだ手を引くからさぁ!」


「うるせぇ!邪魔なんだよ糞ガキ!」


男達が吼え、飛びかかった。それを軽やかな足取りでヒラリと躱す。

なおも続く男達の猛攻をひらりひらりと躱し、説得していたが、応じない男たちにとうとう我慢できなくなったらしい。

素早く男達から数歩距離を離すと、コーラル氏が空中に剣を投げ、その刹那、再びそれを捉えた。


「ちょっと怒ったからね!お仕置しちゃうぞ!」


剣が舞い、男達も宙へ舞う。


観衆がどよめく。


「毒幼女のブレードジャグラーだぁ!剣も男達もいいようにお手玉されるぅ!これは男達、厳しいか〜?」


コーラル氏の攻撃が止んだ時、男達は傷だらけであった。が、まだ体力HPは残っているらしく、肩で息をしているがまだ元気は残ってそうだ。この男達、割と強いのだろうか。

そんな事を考えていると隣で酒を飲んでいた金髪をモヒカンにした道着の男性が呟いた。


「あ〜、終わりっすねぇ。」


その言葉につい、声をかけてしまう。


「どういう事ですかぁ?」


「ほら、コーラルサンは毒幼女って呼ばれてるんっすよ?…まぁ見てたら分かりますってw」


「なるほど…?」


なんとも言えない回答に頭の上に?を浮かべる。

そんな私を尻目にその男性は見てろ、とばかりに酒の入ったコップを揺らして戦っている面々を顎で指した。

改めて向き直るとちょうど2回目の睨み合いが始まる所であった。

が、交戦が始まるでもなく、男性二人が崩れ落ちる。


「おおっと!男性2人、共にダウン!私が見ますに原因は痺れ毒!流石、毒幼女の名は飾りでは無い…コーラルちゃんの勝利〜!!!オッズは1.1倍です!」


どよめく群衆をよそに、賭けの胴元と実況を兼任していた女性が決着を宣言した。

群衆も徐々に解散していく。


コーラル氏が戻ってきた。見た目からは想像もできない膂力で先程の男性二人を抱えている。


「ごめんね〜!案内してあげたかったんだけど、ちょっとこの人達の処理しないといけないからさ!気をつけて行ってね!良い旅を!」


気絶している二人をぶらぶらと揺らして申し訳なさそうにするコーラル氏に、私は大丈夫であると頷いた。

そのまま少しだけ暖かくなった財布を懐に、酒場を後にする。


「さて。行きましょうか。時間は限られていますし。」


始まりの町から南へと足を踏み出し、いざ触手探しの旅へ。

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