威厳

 着いた先は、庭だった。

 扉が開くと、左側には見覚えのある長い縁側があり、目の前には砂利。

 八馬さんと一緒に出て確認すると、オレはどうやら蔵の中から出てきたみたいだった。


 がちゃん。


 蔵を見ていると、何かの割れる音が聞こえた。

 振り向くと、縁側には一人の鬼がいた。

 ちびっ子の可愛らしい鬼だが、そいつには見覚えがある。

 オレが絵馬と取引をしている最中、お茶を運んでおり、クスクスと笑っていた子だ。


 今もお茶を運んでいる最中だったのだろう。

 おぼんごとひっくり返し、床にぶちまけていた。


 目には涙を浮かべ、女の子にはあるまじき体勢でガタガタと震えている。大股を開いた状態で尻餅を突き、後ろに引きさがると、無理やり上体だけを捻じって、屋敷の中に叫んだ。


「であええええええええ! であえ! であええええぃ!」


 鬼の少女は障子のかまちにしがみつき、それはそれは大きく震えている。


 物の数分もしない内に、縁側の障子が全て開くと、中からは薙刀を持った鬼っ子達が駆け付けてきた。

 時代劇さながらである。

 だが、全員が八馬さんを見た途端、キリっと締まっていた表情が崩れ、その場で女の子座りをしてしまう。


「ぎゃあああ! 八馬さまぁ! どしてぇ⁉」

「こ、こたびは、いかなるご用件でぇ⁉」


 警備をしていた連中は、ガタガタと震えて四つん這いになる。

 土下座の一歩手前である。


「絵馬に話があって参りました。通しなさい」

「なりませぬ! どうか、お引き取りを!」


 鬼たちは、八馬さんをとても恐れていた。

 口を閉じていても、顎が震えているのが丸わかり。

 歯のない老人が一生懸命、咀嚼を試みているみたいだ。


 あと、見ないようにしているが、中には失禁をしている子までいた。

 うわ言のように、「ごめんなさい」を繰り返す子までいる。


「そうですか。……では、通りますね」


 八馬さんは、ガン無視した。

 気品のある足取りで砂利の上を歩き、縁側に沿って入口に向かう。

 その際、道を塞ぐ者はいなかった。

 みんなが慌てて両脇にずれて、道ができていくのだ。


「どうしました? 行きますよ」

「あ、はい」


 八馬さんが前を向き、ゆったりと歩き出す。

 オレはできた道を歩き、周りを見た。


「男の、くせに」

「おまえなんか、し、死んぢゃえぇ。きひひ」

「覚えてろ……」


 口々に恨み言をぶつけてくるのだ。


「いや、お前ら、オレに対しての態度おかしくない? オレ何もやってないからね」

「嘘だ! お前が、お前が連れてきたんだ!」


 べちっ。


 薙刀を掴み、鬼っ子が尻を叩いてきた。

 腰を抜かしたのだろうか。

 立ち上がることはせず、腕の力だけで振っているから、平らな部分が尻をベチベチ叩いてくる。


「あっぶねえな!」

「帰って! もう帰ってよ! 男嫌い!」


 みんなが鼻を啜って、嗚咽を始める。

 オレもさっさと行けばいいのに。

 心に余裕ができたからか、素直にカチンときた。


「お前らさ。そりゃ、バカみたいな男だっているよ。そういうのは、思う存分恨んでいいけどさ。真面目にやってる奴は認めてやれよ」

「……死ね……ぐず」


 足元にいる少女がほざいた。

 オレは頭の中で、ぶちッと何かが音を立ててキレてしまい、その場でしゃがみ込む。


 逃げようとする少女の服を掴み、耳元で囁いてやるのだ。


「八馬さんにチクるぞ」

「ひっ!」

「お前、和室で待機してるとき、いつも寝てるだろ」

「寝て、ない」

「嘘吐くんじゃねえよ。お前だけ眠そうに瞼閉じてたぞ。チクってやる。お前が真面目に仕事しないバカ鬼だって。全部チクってやる」

「お、お願い。やめて……っ」


 全力で、虎の威を借りた。

 絵に描いたように、オレは八馬さんに対しての恐れに便乗すると、話を聞いていた他の子達も怯え始めた。


 他人の力を借りるのは、気持ちが良かった。

 オレでは絶対に勝てないし、返り討ちに遭う。

 だが、こいつらの弱みに付け込めば、普段は気丈な娘もぐずるというわけだ。


「もう一度言ってみろよ。男が何だって? いや、待て。世の中の男なんてどうだっていい。オレはちゃんとしてるだろ?」

「……はい」

「もっと褒めろよ」

「ぽっちゃりしたお腹、大好きです」

「褒め、てはないけど。まあ、いい。気にしてるから、もう言うな」


 何で、こいつ追撃してくるんだよ。


「つか、何で八馬さんのこと怖がってんの?」

「知らないあなたが愚か者なのです」

「お前の顔に乗るぞ」

「ひぃっ! や、八馬さまは、ですので」

「ん? なんだそれ」


 言ってる意味が分からず、首を傾げる。


「行きますよぉ」


 離れた場所から声が聞こえ、オレは立ち上がった。

 みんなは八馬さんの方に向き直り、砂利の額を擦り付ける。

 尋常じゃない怯えには理由がありそうだ。


 ともあれ、オレは八馬さんの後についていき、閻魔と話をすることになったのだ。

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