見境なし
生臭い液体の中を転がり、すぐに起き上がった。
「な、なんだァ⁉」
何が起きたのか、さっぱり分からない。
背中を強く打ったせいで、咳き込んでしまうし、体中生臭くて最悪だ。
でも、見てはいけない物を見た記憶が、衝撃と共に薄れたのは良かった。
オレは膝で立ち、顔を上げる。
《新しいオモチャ》
目の前には、とても大きな男が立っていた。
頭は馬のぬいぐるみを被り、片手にはボロボロの人形を抱えている。
膨れ上がった体中の筋肉は人間離れをしていて、血管が浮き上がっていた。
体長は牛頭と同じ、2mを優に超える巨躯。
黒光りする体は何も着ておらず、返り血で汚れている。
被り物に空いた穴からは、血走った目が覗いていた。
《オモチャ。オモチャ》
「リョウ! 逃げろ!」
マズい。
本能的に危機を察知したオレは、すぐさま来た道を逆に走った。
「ちょおおおお! どうして墓穴掘るの! そっちは行き止まり!」
不知火が何か言っていたが、気に留める余裕がない。
《ぐぎ、ひひひ! おにいぢゃん、あそぼ!》
とてつもない破壊音が後ろから聞こえた。
首だけで振り向き、オレは唖然とする。
オレの後ろには、びしょ濡れの担架が浮いていた。
「うお!」
気が逸れてしまい、生首に足を取られた。
派手に転んだオレは、すぐに顔を上げる。
すると、頭上を飛んできた担架が通過し、派手に転がって壁にぶち当たった。
《ぎゃああああ!》
ギョロ目の幽霊まで巻き添えにされているではないか。
オレからすれば、そこらかしこにいる不気味な男と女たちは、馬頭の仲間だとばかり思っていた。
しかし、勘違いのようだ。
馬頭にとって、彼女たちはそこにあるだけの置物。
自分が遊ぶためなら、
《つ……捕まったら……殺されるよ……》
「なに⁉」
波紋で押し流され、ぷかぷかと浮かぶ生首が教えてくれる。
よく見れば、先ほどオレが蹴った生首ではないか。
《ハァ! ハァ! おにいぢゃん!》
バチャバチャと駆け寄ってくる馬頭。
焦ったオレは、何を思ったのか生首を脇に抱え、再び走り出した。
「教えてくれ! どこに行けばいい⁉」
《え……》
「頼むよ! 今はお前しかいないんだ!」
生首に怯えてる場合じゃない。
ギョロ目の幽霊なんか怖くない。
死角から体半分を覗かせている女なんか、どうだっていい。
後ろからは物理的な恐怖が形となって追いかけてきている。
来た道をジグザグに戻っていくと、最奥には木箱のエレベーターがあった。
行き止まりだ。
《へひゃあああ! おにいぢゃ!》
背筋が冷たくなった。
《どこか、空いてる病室へ》
「分かった」
オレは生首の言う事を信じて走り出す。
一番手前の病室に駆け込もうとすると、オレ達を覗いていた女幽霊が通せんぼした。
《い、いや! 来ないで!》
「先っちょだけでいい。隠れさせてくれ!」
《いや!》
ずしっ、ずしっ、ずしっ。
大きな足音が聞こえ、焦ったオレは女の幽霊を突き飛ばした。
その後で、すぐに扉を閉め、中を見回す。
《カーテンの……裏……》
中にはひっくり返ったベッドと、バネが剥き出しのベッドがある。
奥にはカーテンがある。
カーテンの裏に隠れるなんて、見つけて下さいと言ってるようなものだ。とはいえ、ここまで信じて進んできたのだ。
四の五の言っていられず、オレは部屋の奥に行くと、カーテンを捲った。
「……風か」
窓の外は暗闇だった。
だが、窓は開いている。
首を伸ばして覗くと、外はベランダになっているようだった。
《にいぢゃん!》
声が廊下の方から聞こえ、オレは息を殺して窓を開けた。
窓枠に足を掛け、ベランダに下りる。
生首を胸に抱えて、壁に張り付いた。
がちゃ。――破壊音混じりに、ドアの開く音が室内から聞こえる。
《ふぅ、む。ふぅ、む。……あれ?》
足音はすぐ近くから聞こえた。
生首まで緊張しているのか、表情が強張っていた。
《どこ? どこ⁉》
《あ、あの人なら、窓の外に……》
《どこぉ⁉》
ゴン。
鈍い音が聞こえた直後、女の声は途絶えた。
――あいつ、マジかよ。
――同じ地獄の住人まで殺したのか。
どおりで、皆が怯えているはずだ。
見境なしに攻撃してくる奴を警戒しない訳がない。
ずしっ、ずしっ。
足音が遠ざかるのを待つ。
やがて、隣の病室から音が聞こえて、オレはひそひそと話しかけた。
「あいつ、何なんだよ」
《この階層の……長です……》
「ちきしょぉ。どいつもこいつも、入口で、ハァ、ハァ、……スタンバイしやがって……」
オレは吹き抜けになったベランダを屈んで歩き、ゴリ松達が待っているであろう通路まで向かうのだった。
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