湯けむりのエルフⅡ 〜とある王の父親とランプの魔人〜

ちさここはる

第1湯 冒険の依頼

 ハイジ=ブランコ 42歳 職業 小説家《駆け出しで絶賛売り出し中、遅咲きの新人作家》


 彼は不運であった。42歳にしてバツ4。母親違いの子どもも4人おり、離婚の原因も全員が同じ浮気であった。老け顔で気難しく長続きしない性格の彼に愛想を尽かし、その血を継ぐ子どもなぞ育てたくも、傍にも置きたくない、と4人の母親たちは、ハイジに子どもを押し付け家を後にする。


 食うにも困る惨状となったハイジは、親や親戚から金の無心に走り、なんとかギリギリの生活を強いられていた。面接にも落ち、合わない仕事に疲れ、潔くも見切って辞め、さらに生活も困窮する中で、彼は中古だが知り合いから買ったタイプライターを持ち出し、馴染みの喫茶店で子どもの世話をしながら向き合った。

 何度となく書いては消し、書いては消し、書いては消し……また別の日にも同じことを繰り返した。書きたいものが定まらなかったからだ。残虐な物語や泣ける物語に感動する物語などとハイジの脳内はパンクする勢いだった。子どもを抱き、相手にしていたときに閃いた。

 自身が書きたいものではなく。


『こいつらのために書けばいいのか』


 指先が文字盤をタイプする。

 すらすらと面白いくらいに書き上がった。


 それは昔、ハイジが子どものときに読まれた物語。

 本当にあった事実であり王国の健在し、主人公の職業も希少ながらに存在すると後々と知ったときは心が躍った。語り部は主人公でもある叔父であった。


 自身の父親の弟である叔父は3人兄姉弟の中で一番、自身を可愛がってくれていたと、今でも覚えている。


 チェイス=ブランコ ??歳 職業 研究者兼暗殺者《ボランティア活動が趣味》


「元々。小説は旦那パパが貴方に話したお伽噺じゃない。そのおかげで新人賞獲得や書籍化までして作家人生を手に入れて儲けていくんだ、惜しまずに協力なさい」


 サイン会後。

 叔母のアンヌに連れられて喫茶店にいた。

 一緒に来ていた青年も一緒だ。


「よくも分かったな。叔父さんの夢物語を書いたと」

「分かりますよ。舐めるんじゃありません、若造風情が」

「ふん」ハイジは注文をしたアイス珈琲を飲む。

「まぁまぁ。アンヌさん、本題に入りましょう。時間が惜しいじゃないですか」


 間に割って入る赤の他人の言葉に、ハイジの眉間にしわが寄る。


「叔母さん。横にいる優男は誰なんだ? 自己紹介もしていないよなぁ?」


 向かいにアンヌと腰かける青年を指差し、強い口調で訊いた。


「彼はルター=ウィルソンさん。これから貴方方と一緒に旅をして頂く旦那の知り合いの方です。初対面なんですから少しは愛想や言葉使いもきちんとなさい。いい歳をした、4人の子持ちのろくでなしの父親、という自覚はないのですか」


「ねぇよ。ある訳ねぇだろうが、おい、待て。叔母さん、今、なんてった? 聞き間違いじゃなかったら、一緒に旅立つとか言わなかったか? 言っている意味が何一つと理解が出来ないぞ」


「ははは! 一緒に旅に行くんだ。僕とお前で」

「何を馬鹿みたいな冗談を言っている? 病院から抜け出して来たってんなら、警察に電話をしてやってもいいんだぞ? オレも暇なんかじゃないんだ。これから次回作の構想も立てなけりゃあならん、食うためにゃあ仕方がないだろう。こちとら新人で4人の子持ちの職なしなんだからな」

「旅を物語にして構想したらいいんじゃないのか? そうしろよ、ハイジ」

「おい。2度と、その口で俺の名前を口にするんじゃない。ブランコさんと呼べ。いいな? 分かったか?」


 ハイジはルターを睨みつけた。

 彼の苛立ちにルターもにやにやと、

「ああ。わかったよ、ブランコくん」

 両手を軽く宙に挙げた。

「叔母さん。先月も会ったが、もう金の無心にいくことはないから会うこともないだろう。じゃあな、オレは忙しいんだ。サインはいつでも書いてやるから家に送ってくれればいいぞ」

 椅子から立ち上がり行こうとするハイジにアンヌがテーブルを指先で音を立てる。


 とん、ととん。とんとん、と。


「座って話しをお聞きなさい、ハイジ」

「嫌だね」

「ワイズさんに言いつけますよ」

「……叔母さんっ」


 ワイズ=ブランコ ??歳 チェイスの兄。ハイジの父親。 職業 整体師/医者兼情報屋《武闘派で拳で言い聞かせる性分。あらゆる国に顔が広く厄介な人間と呼ばれている》


 ハイジはワイズを恐れていた。

 幼児期からの教育とは名だけの躾けがトラウマとなっている。


 3兄姉弟の末っ子であったハイジはいいサンドバックであった。

「話しを聞いてやる!」

 ハイジは椅子に腰を戻した。

「では。話しをしましょう」


(ちきしょうがっ)


 ハイジは目を細めて頬をいたずらに膨らませて、これ見よがしに不愉快を露わにさせた。彼の子供じみた行為にルターも口許を手で覆い肩を揺らして笑う。


 それに「何かおかしいものでも見たのか? おい。どこだ? 俺にも見せてくれよ」ハイジが言い捨てた。すると「いいよ」ルターが羽織っていたジャンバーの内ポケットから何かを取り出す。きらりと光るものを取り出したかと思えばハイジに向けられる。


「おい。寝ぐせなんかないぞ」

「見えたじゃないか」

「!?」


 忌々しいといった目が向けられる中で、アンヌも話しを続けた。


「私と旦那が出会った経緯はご存じだと思いますが、どうでしょう?」

「叔父さんが番頭に出会って、そこに今の女王陛下が戦火から逃げて来たんだろう。それでそこで叔父さんが賊から守ったことによって親交を深めて、当時の女王陛下だった叔母さんと恋に落ちて王冠を渡して庶民になって結婚をした。そんなことは今どき学校の歴史にも載っているぞ」

 おどけた口調でハイジも言い返した。


「それとも何か? まさか。どこかに間違いがあるっていうのか? 授業じゃあそう習ったんだがなぁ??」

「間違いはないわ。今回の旅の根源はそこからなのです」


「どこがだ? 根源?? 全く、何を言っているのが分からないのはオレだけなのか? いいや。叔母さんの説明が全くないからだ! 回りくどい言い方なんか止めてきちんと物語を順序よく頼むよ、女王陛下様。我が君、女神よ!」


 両腕を大きく宙に広げて大袈裟に声を荒げて言い放つ。

 棒読みで演技染みた言葉で周りの視線も集まり、好奇の視線が注がれることにルターも口をへの字に宙を仰いだ。


「旦那はもう長くありません。心残りがありその方は噂では――《湯けむりのエルフ》と呼ばれているのです。貴方が書いた小説の子供の頃に聞いたことのあるお伽噺の《番頭》の方にお会いして来て頂きたいのです。ただ。世界のどこにいるのか情報網もまばらで分からないから片っ端から足を使い探し出して欲しいんです。それが貴方への仕事の依頼ですが受けますよね? 親戚でネタを提供した旦那を裏切るような、薄情な真似なんかしませんよね??」

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