163 最深部★

 

「そんなすげぇ魔物の素材なら、すぐ売ろう!」


 ロランは目を輝かせて提案したが、エリクシルはすぐに異議を唱えた。


{……ロラン・ローグ、これは売却するよりも装備を作成した方が有益なのではないかと判断します。 新しい外套も必要ですし、なにより腐食や魔法への耐性を有しているという特性は、大変魅力的に思えます}


 エリクシルは一角獣の外套の代わりに、この影の鱗蛇アンブラルスケイルの外套を作ることを提案してくれた。

 伸縮性に富み、軽量で、ある程度の物理と魔法の防御力が確保された外套であれば、生存力も高まるとの判断だ。

 下手に影の鱗蛇アンブラルスケイルのシャツやズボンを作るよりも、取り外しの容易な外套の方が他の装備との競合も少ないだろうという。


「確かにその下に皮鎧などを着込むこともできます。それに魔法の感知を妨害するのであれば外套以上に適切な部位はないでしょうなぁっ!」

影の鱗蛇アンブラルスケイルのマントいいねぇ」


 ラクモはロランを羨ましそうに見つめていた。

 彼の目には、欲しいという気持ちが隠しきれずに輝いている。


「うーん……。売って何かの足しにした方がいいんじゃねぇか? 皆に分配だってしたいし、コスタンさん達だって頑張ったんだし!」


 ロランはラクモの視線を感じながら言葉を続けた。

 彼は仲間全員の努力を無駄にしたくないという思いを持っていた。


「いや、私どもは武器も強化してもらっています。当初の予定通り、稼ぎの余剰分を少し頂けるだけで充分です」

「そうだった、ロランの装備を優先したほうがいいね」


 コスタンとラクモは手を振って「譲る」と言わんばかりだ。


「稼ぎの余剰分、そう言えばそんな話してましたね。緊張しっぱなしで忘れてた……」

{では有難く影の鱗蛇アンブラルスケイルの素材は頂戴しますね。……その代わり、絹糸のドレスを高く売れるように頑張りますね!}


 エリクシルはエモートでパァっと花弁を散らし、ムンと両手を握り締めて気合を入れた。


「それは楽しみですな! ミニエリーちゃんの衣装のように、きっと素敵なデザインになるでしょうとも!」

{うふふ、ではこれは帰還後すぐに外套に加工させてもらいますね。デザインなどはまた後程決めるとして……今はあの黒の聖廟の扉に向かいましょうか}


 肝心の扉も忘れてはならない。

 次なる層で何が待ち受けているのか。

 果たしてダンジョンコアはあるのか。


「……次が最深部だといいんだけど」

{ですね}

「そう願うぜ……」

「うむ」


 開け放たれた扉の先に広がっていたのは、初めは黒く、均整の取れた下り階段だった。

 立ち入ると入り口だったところに塵のようなものが集まり、漆黒の扉が現れる。


「……むっ!」

「閉じ込められた!?」

{……いえ、迷宮型の出入り口と同じ扉のようです。帰りはダンジョン前へと脱出できるようですね}

「……それは助かるね」


 一同は気を取り直すと階段を降り始めた。

 彼らが降りていくにつれて、周囲の環境は徐々に変化し始める。


「暗いな……。明かりをつけます」


 ロランが腕輪型端末のライトを点灯させる。


 階段を降り終えると突然視界が開け、自然の洞窟のような見た目に変わる。

 壁はもはや人工のものではなく、自然の岩石でできており所々に鍾乳石が垂れ下がり、地面からは石筍せきじゅんが生えている。

 そこかしこがほのかに発光しており、外界のどの洞窟とも異なる神秘的な雰囲気を放っていた。


「壁が、いや石が光っているのか……?」

{ここは魔素が濃いようですね}


 さらに奥に進むと、洞窟は広大な空間へと続いていた。

 その広がる空間の中、足元には小さな水たまりが点在し天井から滴る水が静かに響いている。

 鍾乳石の間を流れる細い水流が音を立てて岩肌を滑り落ち、自然の音楽を奏でているかのようだった。


{わぁ……!}

「綺麗だな……」

「水の音がいいね」

「うむ」


 水面には淡い光が反射し、揺れる波紋が幻想的な模様を描き出している

 そして中央には、ひと際輝きを放つ水晶のようなものが地面から生えていた。


「もしかして……」

「あの水晶っぽいのがダンジョンコア?」

{その可能性は高そうです……非常に高濃度の魔素反応を示しています……!}


 彼らが近づくにつれて、水晶はますます強く輝きを増していった。

 それぞれの結晶がまるで生きているかのように、色とりどりの光を放ち始める。

 赤、青、緑、そして時には温かみのある金色や落ち着いた紫色が交じり合う。

 それらの光は洞窟の壁に反射し、幻想的な雰囲気を醸し出していた。


「これは……すごいな。まるで光の海だ」


 ロランが感嘆の声を上げると、エリクシルもうっとりとした表情で周囲を見渡した。

 水晶の光は、彼らの進む道を照らし出すとともに、何か大きな力の存在を暗示しているようだった。


 水晶を前にロランは息を飲むと、ラクモは小さく呟く。


「かなりデカいね……」

「……エリクシル、どう見た? 転移石っぽさもあるように思えるんだが……」

{魔石と同じ構成要素であるように思えます。それに高濃度の魔素反応があるので、巨大な魔石、魔結晶と言ったところでしょうか。……転移石とは似ているようで波長が異なりますね}

「転移石とは違うのか、動力への変換予測は?」

{動力の推定抽出量は……計測不能です。推定抽出量が多すぎるようです}

「計測不能!? ……今までで一番すげぇってことだよな……」

{そうなります。ひょっとすると、燃料の大半を賄えるのかもしれませんが……}

「さてさて……」


 ロランよりは大分低い、1メートルちょっとの巨大水晶の結晶。

 強化服の膂力があればなんとか運べなくはない大きさだ。

 超電駆動オーバードライブを使用した後だから、出力は落ちるだろうがそこは気合でカバーだ。


 しかし魔石となれば、砕けた瞬間に塵となる。

 いや、この場合はアイテムになるらしいが……。

 これを引っこ抜くのは壊したことになるのか?


 ロランは逡巡しながらもコスタンの方を向いて尋ねる。


「これを壊せばダンジョンは死ぬんですよね……」

「……えぇ、そう聞いています……」

「うん」


(これ、どうにか引っこ抜けないか……?)


 ロランは試そうと触れてみることにした。

 ゆっくりとその手を伸ばし、冷たく煌びやかな結晶の表面に触れる。


 その瞬間――


 ――獰猛な光が爆ぜる。


(……なんだっ!?)


 ――幾千の刃のような光が逆巻く。

 ――穴にぽっかりとまた穴が開いたかのような虚無の漆黒が浮かび上がる。


(どうなってる……! エリクシルっ!?)


 周囲に人気を感じさせない真っ暗闇の中、徐々に目が慣れる。


(……視線……を……感じる……)


――――――――――――――

最深部。

https://kakuyomu.jp/users/PonnyApp/news/16818093077350426152

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