第123話 祝賀会

「"教師"になることが決定しました」



6月下旬。

世界大会本戦の優勝の祝賀会ということで、私は施設長に高級焼き肉店に連れてきてもらっていた。

そこでの報告だった。

六人席の、私の斜め向かいに腰かける施設長はウンウンと頷いていたが、



「えっ、なにレンゲちゃんっ! それじゃあウチを辞めちゃうってことっ!?」



私の向かいに座っていた秋津ダンジョン管理施設事務員の野原さんは、まん丸にした目で私を見ると銀のトングを忙しなくカチカチとさせた。

まだ事情を話せていなかったから、仕方ない。



「レンゲちゃん効果で施設が黒字になってきたのに、抜けられちゃったら困っちゃうんじゃないですか施設長っ!?」


「野原さん、落ち着いて。というかレンゲちゃんをそんな招き猫みたいに言うのはおやめなさい」



野原さんが落ち着くのを待ってから、私は詳細を話すことにする。

まず、前提として私が秋津ダンジョン管理施設を離れることはない。



「教師として働くのは週に2日か3日の予定で、それ以外は今まで通りこちらの施設で働かせてもらうつもりです」


「えっ……でも教師って公務員でしょ? 掛け持ちするなんて大丈夫なの?」


「えーっと、それについては大丈夫って言われました」



特例ということらしいけど。

もろもろ手配はしておくと篠林さんに言われていた。



「まあ、これから立ち上げるダンジョン高等専門学校にお姉ちゃんが所属しているのといないのでは、知名度に雲泥の差があるから。当然の配慮ね」



私の隣に座っていたナズナがウーロン茶を飲みながら淡々と言い、さらにその横ではリウが「カルビもう3人前追加で」と勝手に店員を呼んでオーダーしていた。



「……ところでさっきから疑問なんだけどさ、こっちのナズナちゃんはレンゲちゃんの妹さんって知ってるけど、こちらの銀髪の子は誰」


「私を箸で指すな、人間」



野原さんの問いに、クワっと紅い瞳でリウが睨み返す。

施設長が、私の祝賀会にはナズナとリウも呼んでいいと言ってくれたので招待したわけだけど……そういえば野原さんとリウとは顔を合わせたことがなかったんだっけ。


いい機会だ。

ここで紹介してしまおう。



「こちらは今ウチで居候してるリウです」


「はぁ、居候ねぇ」


「そして今後教職でたびたび施設の業務を抜けることになる私の穴埋め要員です」


「へぇ、穴埋め要員……って、えっ?」



野原さんが再び箸でリウを指して、



「この子がウチに働きに来るってことっ?」


「だから私を箸で指すなと──って、え? 私が、働く?」



野原さんとリウは、2人ともキョトンとした顔で私の方を向いた。

私はそれに頷いて返す。



「はい。施設長とナズナと相談して、それがいいんじゃないかって」


「待って、待って? いや、働く当人の私に一切話が来てないんだが?」


「うん。リウには言ってないし」


「なぜだっ!?」


「だって言ったって、『働きたくない』って言うでしょう?」


「そんなの当たり前だっ! 働きたくないっ! 働いてたまるかーっ!!!」



勢いよく立ち上がろうとするリウの、その肩にしかしナズナが先んじて手を置いた。



「ふざけんじゃないわよ、アンタ。お姉ちゃんがどれだけ猶予をやったと思っているの? 待てども待てども、アンタはバイトの1つもしなかったじゃない」


「そっ、それは……どの仕事も私にふさわしくないからでっ」


「はいはい、ぜんぶ言い訳。働いてから言いなさいよカス」


「カっ、カスだとっ! この光滅竜たる私をっ!?」


「ボンクラ竜の間違いよ、それ。今日からアンタの二つ名は"能無し引きこもりウスラ馬鹿ニードラゴン"ね」


「ぬぉぉぉ~~~レンゲぇっ! ナズナの口が悪すぎる叱ってやれよぉっ!!!」



私は口喧嘩し始めた2人を「まあまあ」と仲裁しつつ、



「でも、事実としてリウは働けてないからねぇ」


「うぐ……」


「まずは1回ちゃんと働いてみよっか? ね?」



私の問いかけに、リウは苦し気に唸り、ナズナの方を見るとハッとしたように、



「で、でもっ! ナズナは働いてないじゃないか! 私だけ働くのは不公平ではっ!?」


「私は学生やってるの。学校も行ってない能無し引きこもりウスラ馬鹿ニードラゴンといっしょにしないで」


「二つ名を定着させようとするなぁっ!」



ワイワイと席が騒がしくなる。

チラリと見た限り、施設長はにこやかだったので迷惑にはなっていないようだ。

一方野原さんは「ドラゴン……?」って言って首を傾げてる。


正体バレしてしまっては危険では?

と思うけど、まあナズナも気づかれないだろうという確信があるからこそふざけているのだろう。



「ズルい、ズルいぞ……私は過酷な労働なのに、ナズナは学校でいいだなんて」



リウはやさぐれたように、酒でもあおるかのようにウーロン茶を飲むと、



「ならせめて学校のあとナズナも同じ施設で働けよっ! 私に働き方を教えろっ!」


「パス。私には考えるべきこともやるべきことも山積みなの」


「やるべきことぉ……? なんだよ、ソレ」



リウのその問いに、ナズナは本気か冗談か分からないくらい淡泊な声で、



「ちょっと、神殺しをね」



そう言って、リウの育てたカルビ3枚を網から攫っていくのだった。

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