第111話 キャリア

5月中旬。

GWが明けて一週間ほどが経った。



「暑いなぁ……」



朝から高い太陽に、思わず手でひさしを作る。

この季節になるともう夏と変わらない。


誕生日プレゼントにナズナに買って貰った日傘を差して、秋津駅を挟んで向こう側にある秋津ダンジョン管理施設へと向かう。


さてさて、今日もお仕事がんばろう。

目指せ"へるモード"お掃除記録30分切り!


そんな意気込みと共に施設の事務所へと入る。



「おはようございま──あれっ?」



施設長と事務の野原さんに加え、この場所では見慣れない人が1人。

とはいえ、そのピシッとした背広を着たその大人の女性には面識がある。



「"ナイカクカンボーフクチョーカンホー"の篠林さんっ?」


「はい。お世話になっております、花丘様。内閣官房副長官補の篠林です。最後の"ホ"は伸ばさなくていいんですよ」



先月の4月、"あめりか"でのドラゴンとの戦いで日本政府の窓口をしてくれていた人だ。

……いったいどうしてここに?



「レンゲちゃん。私も以前よりこちらの篠林さんには色々と話をうかがっていてね」



施設長は少し寂しげに微笑みつつ、



「レンゲちゃんにぜひ、国の重要な施策のお手伝いをしてほしいということなんだ」


「重要なシサク……?」


「うん。詳しくは篠林さんと2人でお話してみてほしい。前もって私が聞いた限りでは、レンゲちゃんにとってはきっと悪くはない話だと思うから」




* * *




今日の清掃のお仕事の着手については遅れても構わないとのことで、私は会議室で先に篠原さんと話すことにした。

篠林さんに冷茶を出し、席に着く。



「えっと、それでお話って……?」


「はい。単刀直入に申し上げますと、花丘様には"ダンジョン専門教育機関"に"教員"として所属していただけないか、というお願いをしに参りました」


「……教員っ!?」



篠林さんが言うに、

なんでも本物のダンジョンが世界各地に現れ始めた今、その道の専門家をどれだけ増やせるかがどの国でも大きな課題になるとのことだった。

そこで日本はその道を究めるための専門教育機関を設立することを決定したのだとか。



「そこでは当然"ダンジョン攻略者"の育成も行う予定であり……その指導教育の一部を花丘様に担っていただければ、と」


「わ、私、人に教えるのとかすごい下手なんですが……?」


「花丘様が一番力を発揮できるようなカリキュラムを組みましょう。花丘様の持つ規格外の力に憧れて、訓練に身が入る学生もいるでしょうし……なにより、1つ本音を申し上げますと、」



篠林さんは少々気まずげな咳ばらいを1つすると、



「花丘様が所属しているならば、という理由で他国の高名なダンジョン専門家の方々も日本の教育機関へと身を置くキッカケになるのでは、と考えているのです。そうすれば、より充実した教員陣で後進の育成を図れるわけで」


「えっと、客寄せパンダ、みたいなことでしょうか」


「あまり聞こえの良くない言い方をすれば、そうなりますね」



なるほど。

であれば確かに、私を教員として招く意味は充分にありそうだ。

自惚れているわけじゃないけど私の持つ技術は有名な走者の人たちも知りたがっているとウワサで聞くし。



……でもなぁ。

その仕事を引き受けるとなると、今のこの秋津ダンジョン管理施設での清掃業は辞めなくちゃならないよね?

施設長たちに迷惑がかかっちゃうのは、ちょっと……



「こちらの施設長様にはすでにお話を通してあります」


「……えっ?」


「すでに会社に所属している花丘様に対して、何の断りもなく勧誘はできませんから」


「それで施設長は……『いい』って言ったんですか……?」


「……いえ。ただ、花丘様が望む道を行ってほしい、と」



そうだろうな、と思う。

施設長は常に私の意思を第一にと考えてくれているから。

たとえ私が教員になる選択肢を取ったとしても止めはしないだろう。


でも……



「私、今のここでのお仕事が好きなんです。だからやっぱり……」


「そうですか。今の花丘様のお気持ちは分りました。ですが、良ければジックリと考えていただきたいのです」



篠林さんはなおも身を乗り出して言う。



「この教育機関の設立が持つ意味は非常に大きい。空前のダンジョン景気が来るか来ないかに関わることです。きっと、ダンジョン界隈に身を置く人々にとっても重要な転換点になるでしょう」


「……"ぶーむ"が来るか来ないか、ということでしょうか?」


「ブームはもう来ていると私は考えています。が、それ以上に。この今のダンジョンに対する空気感が今後ずっと続くかどうかの境目ではないか、と」



それは、私が望んでいたことではある。

ダンジョンRTAに臨むにあたって目標としていたことだ。

この秋津ダンジョン管理施設が、私を初めて雇ってくれたこの施設がこれからもずっと存続できますようにと願って。


それが教員になれば叶えられる……?



「……うーん」


「ぜひ、ジックリと考えていただければ。お返事はいつでも構いません」



これは、いったいどうすべきなんだろう?

帰ったらナズナにも相談してみなくちゃだ。


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