第71話 U.S.T.戦 その1

~U.S.T.隊員視点~


12月のとある日、真昼。

東京都東村山市秋津町にて。

古い"メゾン"の一室にその作戦部隊は置かれていた。

厳重にカーテンが閉められ陽を浴びないようにされた窓際の部屋には様々な機器類・銃火器類の置かれており、いっさいの家具の無いLDK部屋では5人の隊員たちが特殊装備に身を包んで座っている。

その手にはサブマシンガン。


「チッ……まさか"U.S.T."の初討伐作戦が"ガールハント"とはな」


若い隊員が呟く。

"U.S.T."、それは"未確認生物・現象特務隊"の略式部隊名である。

彼らはアメリカの未確認生物・現象統制局直属の特別作戦実行部隊として30年前に結成された秘密部隊だ。

日々過酷な"対ドラゴン戦"を想定した訓練を行っており、その練度は米軍最精鋭たちをも越える。

理論上、彼らが訓練の成果を遺憾なく発揮できればドラゴンを仕留められるだろうという評価も下っているほどだ。

しかし、ドラゴン保有国との戦争は今日まで起こることはなく、その部隊が陽の目を浴びることもまた今日まで無かった。

そんな部隊へと2年前に配属されたその若い隊員は続けて、


「クソみたいな気分だぜ。俺らを派遣して少女1人を"殺せ"ときた」


「おい、口を慎め」


その隊員を咎めたのは顔に深いシワの刻まれた中年の男。


「俺たちの仕事は理由を考えることじゃない。与えられた使命……"Angel"の抹殺。それだけに専念すればいいんだ」


「だがよ隊長、愚痴りたくもなるぜ。相手はドラゴンじゃない。タダの……」


「ただの16歳の少女だ。俺の娘と同い年のな」


隊長と呼ばれたその中年の言葉に、若い隊員が息を飲んで黙りこくる。


「だがな、祖国を信じろ。祖国が脅威と判断したからには"Angel"は脅威なのだ。作戦遂行を迷うな」


「隊長は迷わないのか?」


「迷わない。"Angel"を殺さねば俺の娘が死ぬ。そう考えるようにしている。彼女自身に恨みはないが、俺は俺の家族を守るために引き金を引く。お前もそうしろ。できないなら黙って見ていろ」


「……わかったよ」


結局、その若い隊員はサブマシンガンを手放しはしなかった。

それから少しして、ジジッと。

隊長のイヤホンマイクが秘密通信をキャッチする。


『"Angel"が施設を出ました』


「了解。続けて見張れ。勘付かれるなよ」


『了解しました。5分後また連絡します』


隊長はそれから隊員たちを見渡して、


「状況を開始する」


ひと言そう言うと隊員たちがそれぞれに動き始めた。

機器を見張るもの、重火器のベランダ設置を高速で行う者、外へと向かう者。

そこからは誰も何も無駄口は叩かない。

ここに【オペレーション:エンジェルフォール】……RENGE暗殺作戦は静かに発動された。




* * *




~レンゲ視点~


「今日も1日がんばったなぁ」


施設での清掃業務が終わった昼下がり。

私は少しウキウキしながら帰り道を急いでいた。

12月になって気温はグッと下がったけれど、その分空気が澄んでいるから空が高く、風がどこか気持ち良い。


「ムフフ……」


今日は"へるモード"をとうとう1時間半で清掃できるようになったから、自分へのご褒美に"アレ"を買ってしまったのだ。


「"はーげんでっつ"のイチゴ味……! 今年はコタツも買えたし、ぬくぬく温まりながら食べちゃうぞ……!」


"はーげんでっつ"とはお金持ちの人々しか買えないとされる伝説のアイス。

スーパーに行ってもいつも300円台でおいそれと手なんて出せない代物だ。

でも先月は配信収入がたくさん入ったし、少しずつこういった贅沢をしていくのもいいかな? と思って手に取ってみた。

もちろんナズナの分もある。


「でもその前に、今日も神様へのお祈りはちゃんとしないとね」


それは最近の日課で、私は毎日お賽銭 (5円)を入れて「英語を聞いても起きていられるようになりますように」と願い事をしているのだ。

ナズナには「もう神様にでも縋るしかないと思う」とまで言われてしまっているし。


「アイスが溶けない内にお祈り済ませなきゃ」


公園内にある境内を小走りに進んでいると……

おや?

なんだか外国の香りがする気がする。

もしかして観光客の人とかも来てるのかな?

だとしたらウッカリ英会話が聞こえないように気をつけなきゃ。

私はポケットに手を入れて5円玉を取り出し、賽銭箱の前まで行くとそれを投げ入れる。

二礼二拍手をして目を瞑った。

そしてお願いごとをする。


──早く英語を聞いても起きていられますようにっ!


私がそう頭の中で唱えるのと同時、


「ん、なんだろう?」


こちらに迫りくる風切り音が聞こえた。

私の頭の上目掛けて、虫のようなものが迫ってくる気配を感じたので親指と人差し指で摘み取る。

シュルルルッ!

ソレは私の指の間で高速回転していた。

あれ、虫じゃないな?

金色の、鋭く硬い石のようなものだ。


「……ッ! これ、まさか……!」


私は思い当たるフシがあった。

これ……きっと"びーびー弾"ってヤツだ!

私がその言葉を知ったのはつい最近のこと。

ナズナの通う小学校から配られた保護者向けプリントにて。


【最近、中高生と思われる男子学生がエアガンで小学生を撃つ事件が多発しています。当面の間当校は集団登下校を実施いたしますが、ご家庭でもご注意いただくようよろしくお願いいたします】


そういった注意喚起がされていたからだ。


「危ないな、こんな硬い"びーびー弾"で小さな子を狙っているの……!?」


これはちゃんと捕まえて注意が必要そうだね!

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